桜が咲く頃、君の隣で。

大勢の生徒がいるはずなのに授業中の廊下はとても静かで、まるで誰もいない校舎にいるかのような気持ちになる。

上手い言い訳は思いつかなかった。素直になくしたと言うしかない。


教室に入ると、全員が振り返って俺を見た。

いや、全員ではないか。雪下さんは前を向いたままだ。


「寝坊しました」と単純な嘘を付いて席に着くと、大和が振り返った。


「なに、寝坊?」

「いや、ちょっと探し物してて……」


そう言いながら何気なく机の中に手を入れると、紙の感触が伝わってきた。

ハッとして取り出すと、探し求めていた物が俺の手に握られている。

今朝必死に探していたプリントだ。鞄に入っていると思ったが、勘違いだったか。


一気に力が抜けた俺は、だらりと机の上に頭をのせた。

右側を向くと、真剣にノートをとっている雪下さんの横顔がすぐ側にある。

よく遅刻をする奴だと思われていないだろうか。

遅刻したのはこの前の時と合わせて二回目で、それまでは無遅刻無欠席だったんだと言いたくなる。でもそんなこと、雪下さんにとってはどうでもいい情報だ。


軽くため息を漏らして顔を左側の窓に向き直した。

なんだか自分が情けなくなる。俺はどうしたらいいのだろうか。

なにか一つでも誇れるものが自分にあればいいのだけれど、なにもない。

頑張っても無理だと諦めてなにもしてこなかった自分が悪いのだが、頑張りたいと思えることが見つからなかったのも事実だ。


ため息をついた俺は、机の上にあるプリントに『就職』とだけ書き込んだ。


進路のことを考えると憂鬱になるから、もうやめよう。

それよりも今俺が考えるべきことは、雪下さんとどうしたら仲良くなれるかだ。

今日はなんて話しかけようか、なるべく答えやすい話がいいのかもな……。




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