桜が咲く頃、君の隣で。
俯きながら徐々に近づいて来る雪下さんを目で追いながら、声をかけるための姿勢を整えた。


たかだか声をかけるだけなのに、なんでドキドキしてんだよ。可愛いからか? 担任に頼むと言われたからか?


俺の席の横に立ったところで声をかけようと口を開いたけれど、雪下さんはすぐ俺に背を向けてしまった。

『よろしく』というタイミングを逃し、開いたままの口が間抜けだ。



席に座った雪下さんは、鞄から教科書を取り出し両手を膝の上に置いて前を向いた。

もしかしたら教科書を見せてあげるとか、そういう接触があるのかと思ったが、既に揃えているようだ。少し残念だと思っている自分がいる。


ふと気付くと、クラスのほぼ全員がうしろを振り返って雪下さんを見ていた。


「ホームルームの時にでも全員に自己紹介してもらうとして、とりあえず授業を始めるぞ」


担任の言葉にクラスメイトはようやく前を向いたけれど、俺は雪下さんの横顔を見つめていた。

近くで見ると、本当に肌が白い。


さっき病気だと言っていたけれど、どんな病気なんだろうか。

病院に通いやすくするためにわざわざ転校するということは、結構重い病気なのか? いや、でも深刻な病気を転校初日でいきなり打ち明けるなんてことはしない気もする。
激しい運動が出来ないからあえて最初に話したのか……。


ジッと見つめている怪しい視線に気付いたのか、雪下さんが突然俺の方を向いた。

黒目がちの瞳はとても綺麗だけれど、どこか冷たさを含んでいるようにも見える。


その瞳を見つめながら、今度こそという気持ちで俺は口を開いた。


「あ、吉見彰です。よろしく」


小声でそう伝えると、彼女は目を伏せ、そしてなにも言わずに前を向いた。


あれ……? 聞こえなかったんだろうか。

それとも俺がずっと見ていたことに気付いていて、少し気持ち悪いと思われたか?



彼女から視線を逸らした俺は、若干のモヤモヤした気持ちを抱えながらも先生の授業に耳を傾けた。

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