タイムリープ
「お母さんも、見ないの?」

私は、沈む夕日を見つめながら訊いた。

「………」

「お母さん、ほんとうにきれいだよ。起きて一緒に見ない?」

私は沈む夕日を見ながら、興奮したように言った。

「………」

「お母……さん?」

母親の返事が返ってこないことに急に不安になった私は、後ろを振り向いた。

開いた私の桜色の唇から出た声は、かすかに震えていた。

「お母さん。夕日、きれいだよ………」

母親を呼んだ私の声が、自然と大きくなる。

母親が死ぬことは今日だということは分かっていたが、突然、別れると思うと視界がにじむ。

「お母さん、おそくなってごめんね。お母さんのために、プレゼント買ってきたんだ。きれい………でしょ」

そう言って私は、手に持っていた花束を母親の目の前に差し出した。

「………」

母親の返事はない。ただ、目を閉じているだけ。

「嘘………でしょ」

花束を持っていた私の白い手がぶるぶると震え、母親の胸元にどさりと落ちた。

病室に花の香りが一気に広がった。

「お母………さん」

私は恐る恐る、母親の手を握った。

氷のように冷たくなった母親の手が、私の手に伝わる。先ほどまで感じられた母親の体温はどこにもなく、今はただ冷たかった。

「嫌………」

私の瞳から、涙が頬を伝って流れた。その涙が、母親の顔にポタポタとこぼれ落ちる。

「嫌だよ、お母さん!なんか喋ってよ!」

私は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。

「………」

何度喋りかけても母親の返事はなく、胸も上下に動いていなかった。

母親が死ぬことは分かっていたが、別れるとなったら死ぬことを知っていても知らなくても、悲しい気持ちは一緒だった。
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