魔王
「美代子がこの子を攫ったとはどういうことですか」
「フフフ。ワシは聞いたのじゃ。
 女が『私と来れば美味しいご飯を食べさせてあげるわ』とな。
 その換言に、無垢で純真な孫は騙されたのじゃ」
「僕が聞いたのはこうです。
 『お願いだから、僕にご飯をおくれよう
 くれなきゃ、お前を呪ってやる』
 可哀想に、うちの美代子は強大な魔王の血を引く者の力に逆らえなかったのでしょう。
 やむなく王子様を家に連れ帰り、差し上げるお食事や寝床を整えるために出かけた矢先、あなた方に逮捕されたようです」
「でたらめを抜かすな。我が孫はまだ赤ん坊なのだぞ。
 人間を支配するほどの力はまだ無かろう」
「そうですか? でも、確かに僕は聞きましたよ。
 『赤ん坊扱いされるのはウンザリだ』って」
周囲の空気が一気に魔王の方へ流れ、政彦の方へ押し戻った。
怒りで逆立った毛の勢いで、空気がかき回されたのだ。
政彦は子猫を飛ばされないよう、しっかりと抱え込んだ。
「おのれ~~~ 聞いておれば~~~
 赤ん坊がそんなこと考えるわけがなかろう~~」
「僕は聞いたんですから!!」
風圧を堪えて政彦は怒鳴った。
「ぼ、僕の家には、人間界の掟で、人間以外の物を家に入れられないんです!
 掟を破れば彼女は住みかを失う破目になります。
 なのに、魔界の住人を招きいれるなんて、王子が魔力を使ったに違いありません!!」
「ぐぬぬぬぬ~~~~」
風は竜巻となっていた。魔王は体中の毛を逆立て倒して、まるで志向性のパラボラアンテナのようにグルグルと旋回させていた。播磨尾も地面に大の字に張り付いて爪を立てねば飛ばされそうだった。
「……とにかく、確かめねば」
「じゃあ、妻を返してください。王子は妻と交換です」
「どこへ逃げても無駄じゃぞ。
 もし、お前の妻の罪が確かなものであったら、引き裂いて犬のエサにしてやる」
子猫は、それまで大人しくしていたのに、急に暴れだした。
「あっ、おい」
政彦の腕から飛び降りると、祖父の方へ走り寄っていった。
子猫が祖父の跡に続くと、魔界への入り口はあっという間に消えてしまった。
「やったな、先生。
 美代子は『帰って』いるはずだ。
 家に」
播磨尾は尻尾の毛をビンと立てて波立たせた。
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