不器用な僕たちの恋愛事情
6. たまには学校行事にも参加しましょうね
 
九月も今日で最後だね、なんて呑気な会話が聞こえてくるそんな秋晴れの昼休み。

晴日のもとに生徒会長の柳田が、手もみしながらやって来た。

媚びる笑みが何とも気味悪い。

「やあ。斉木く~ん」

晴日は思わず箸を取り零し、大事なだし巻き卵が机の上にボテっと落下した。

「何だよキショいな」

柳田の猫なで声も、くん付けで呼ばれたのも、史上初だ。

いつもは一方的にライバル視されているのだが……。

「ひどいなぁ」
「ひどくねぇだろ。事実だし…てか俺のだし巻きどーすんの、これ!」

指でつまみ上げ、「食うけど」と口に放り込む。

 柳田は微妙に引き気味で晴日を見やり、咳払いをする。

「君たちA・Dは、ある程度学校行事の参加を免除をされてるよね?」
「それがどうかしたか?」
「そこでなんだが、A・Dに来月の学祭に参加して頂きたい」
「はあ!?」

 晴日の頓狂な声が、教室に響き渡った。

「おまっ。ふざけんなよっ!」
「ふざけてないよ。至極真面目に言ってる」
「俺たちプロよ!? なんで高校の、しかも自分とこの学祭に参加するんだよ。大学の学祭ならいざ知らず、ケントは他校生だぞ」

「A・Dの三人までがうちの高校にいるわだし、そう難しいことでも無いんじゃないかな? もちろんタダでとは言わない。高いギャラは無理かもしれないが」

 親指と人差し指を丸くくっつけて、お金マークを作って見せる。

「バカか? んなの無理に決まってるだろ。これから大学の学祭の予定入ってるし、切羽詰ってきて頼むなんて有り得ねえだろ」

「そこを何とか頼めないだろうか? 予定していたバンドのメンバーが、体育の授業中に骨折して参加辞退することになったんだ」

「有志のバンドだろ? 他の奴にあたって。アマチュアなら一杯いるだろ」
「A・Dじゃなきゃダメなんだ!」

 追い詰められた面持ちで、柳田は言い切った。

 晴日はきょとんとして見上げると、「なんで?」と首をかしげた。

 柳田は、一瞬ためらったが、背に腹は変えられないと言ったところだろうか、観念して口を開いた。

 代わりのバンドを探してる時に、聞き及んだ教頭が生徒会室を訪れた。

 この際、そのバンドの時間配分を他に回したら良いのではないかと、提案された。しかし話はそこで終わりではなく、一般の来客数が年々減少していることもあり、来年度から学祭を取りやめる方向で、検討されているとのことだった。

 そこで更に提案されたのが、普段、行事の参加を免除されているA・Dを参加させることが出来たなら、生徒会の手腕を認め、来年度も学祭を開催することに合意しようという条件を提示されたのだ。

 教頭は完全に無理だと踏んでいる。

 来年度からの学祭がなくなるのは、あくまで生徒会の力のなさが招いた結果という事で、生徒の反発を最小限で回避するつもりなのが見え見えだ。

 だからこそ何が何でも成功させなければならない。

「あンのハゲッ」

 とはもちろん教頭のことだ。

「足元見やがって、最低だな」
「来客数が減ってるのは事実だから。でも、楽しみにしてる生徒のためにも、なくす訳にはいかない。卒業した先輩たちにも申し訳ない」

 真摯な眼差しで晴日を見る柳田は、つまらない自尊心をかなぐり捨て、今後の為に頼みに来た。

 晴日だって鬼じゃない。鬼じゃないが、こちらにも都合がある。

「学祭っていつだっけ?」

 参加する予定などないから、最初から頭に入ってない。

 柳田は目を輝かせて、晴日の手を握った。

「ありがとう。来月の第三の土日だよ。助かった。恩に着る」
「おい待て。まだ出るとは言ってねえだろ。スケジュール確認して、後で連絡する。言っとくが保証はないからなっ」
「分かった。くれぐれも宜しく頼むよ」

 柳田の背中を見送って、晴日はうんざりとしたため息をつく。

 参加しても面倒、出来なかったら後々恨まれそうで、それもまた面倒。

 どちらにしても面倒なら、腹を括るしかあるまい。

 晴日は置き去りになっていた弁当を貪りながら、まずは謙人から連絡してみることにした。



「うちの学祭に参加することになったから」

 晴日の第一声である。

 招集がかかって、事務所に集まった十玖と竜助は唖然とした。

 先に都合の確認されていた謙人は、とっくに知っていたようで、涼しい顔でコーヒーを啜っている。

「ちょっ待てよ。土日、どっちも大学の学祭、予定入ってただろ!?」

 竜助が頭をガシガシ掻きながら、物申した。

「そうなんだけどさぁ。なんか退っ引きならない事情で、会長に頼まれたんだよな」

 晴日は、昼休みの会話をそのまま話し始めた。

 事情を知った竜助は「きったねえな」と憤りを隠さない。

 そこで、スケジュールを詰めるために招集がかかったわけだ。

「目的は、一般の来客数を増やすことなんで、ライヴは日曜のみって事で。A大の開始予定時間は十七時からだから、十五時までに学祭の方を終了させる」

 晴日から筒井にバトンタッチし、説明は続いた。

 開演時間、演奏時間、チケット代、機材の搬入出、次の会場までの移動時間、経路など。

 本番はあくまで大学なので、学祭の方はクルーの人員を極力抑え、生徒でまかなえる所は協力を仰ぐ。学祭なのだから、それくらい当然の事とする。

 前売りチケットは、学校関係者、生徒と生徒の関係者のみ。極力、メンバーの学校が知れないように配慮をしてもらい、混乱を避けるため当日のチケット販売はなしと決まった。

 高校の学祭なので商業目的の物販は出来ないため、後日ライヴにチケット持参で来場した方に限り、有効期限三ヶ月、物販販売の十パーセントOFF券するあたり、筒井に抜かりはない。

 筒井は、書面を封筒に入れ、晴日に渡す。

 晴日は取り急ぎ、決まったことを柳田に知らせた。

「十玖は合唱部にまだ在籍中?」

 おもむろに謙人が聞いてきた。

「一応。幽霊部員になりつつありますが、苑子に退部は許さないと言われてまして」
「ははっ。合唱部は何やるの?」
「毎年、ミュージック・カフェらしいです。ゆっくり聞いてもらうために」
「参加は?」
「日曜の午前中、暇な時間に少しだけですが、僕で集客を狙うようです。苑子に下手に逆らうと、後が鬱陶しいんで」

 肩をすくめて笑うと、謙人も苦笑した。

 美空も写真部部員として、作品を展示するようだ。

 よく風景を撮っているみたいだが、A・D以外の写真を見るいい機会になる。今頃パネル制作しているだろう。

「謙人さんの所は、学祭いつなんですか?」
「十月最後の土日。俺は自分とこのに参加できないけど、気分は満喫できるからね」

 毎週末は大学祭巡りだ。

「A・Dが部活みたいなもんだな」
「延々と続く部活ですね。謙人さんは、進学するんですか?」
「一応ね。A・D続けるための条件だから」
「大変ですよね。仕事しながら、受験勉強もしなきゃならないなんて」
「好きなことやらせて貰えるなら、しょーがないっしょ」

 満面の笑顔。

 しょうがないって顔じゃない。

 十玖にしてみたら、まだ先の話だ。

 A・Dに入る前は、道場の先輩たちの勧めで、大学に進学後、レスキューを目指すつもりでいた。

 自分の性分にも合っていると思っていたし。

 今はどうするのか、どうしたいのか分からなくなってる。

 冨樫涼の例もある。

 続けたくても不可能な事態がやってくるかも知れない。

「どうした、十玖」

 黙りこくったまま微動だにしない十玖に、晴日が心配げに声をかけてきた。

「晴さんや竜さんは進学するんですか?」
「俺ら? 音大か芸大だろうな」
「そっかぁ」
「なんだ急に」
「学祭終わったら、進路選択じゃないですか。一応、進学希望ですけど先がブレてしまって、以前のようにこれっていうのが無いんですよね」

 膝に頬杖をついて、深いため息をつく。

「因みになに目指してたわけ?」

 興味津々に聞いてくる謙人。

 そこにいる者みんな聞き耳を立ててる。

「レスキュー」
「オレンジ? 似合いそう」

 暇さえあれば筋トレしている十玖を思い出し、一様に頷く。と同時に何で大学?と思う者もいるわけで、更に食い入るように集まってくる。

 十玖は周囲に視線を巡らし、膝に頬杖をつく。

「はあ。大学で専門系の資格取るつもりだったんですけど、こんな状況になってしまったので、どうしたものかと」

 こんな状況とは、言うまでもなくA・Dのことだ。

「取り敢えず進学してみるってのも手だけど、希望の学部は?」
「法学か建築。法科なら父がいるし、建築なら叔父がいますから教えを乞えるので」
「お父さんて弁護士とか?」
「裁判所職員です」
「ああ。国家公務員なんだ。で、十玖も公務員希望だったと」

 十玖の生真面目な性格を鑑みて、事務所一同、納得の眼差し。

 それが百八十度、方向転換してしまったのだから、十玖の悩みはさもありなん。

 人生手堅く生きていく予定だったのに、浮き沈みの世界に引っ張りこまれたわけだ。

 謙人は申し訳なさを含んだ眼差しで、十玖に微笑んだ。

「相当勉強しないとね」
「そうなんですよ。お三方みたいに特別秀でている訳じゃありませんし」
「いま学年でどのくらい?」
「前回の実力では十二位でしたけど、担任にはA・Dならトップテンに入れと言われてます」

 その原因となる晴日と竜助を見る。

 二人は同点二位だった。一位とは僅か二点差。そして謙人は毎回トップなのだ。

「十二位でも充分頑張ってるとは思うけどね」
「法科を狙うには足りないです」
「そうだねぇ。でもまだ二年あるし、目指して勉強するなら、俺たちも協力するし。法律知ってる奴が身近にいたら便利だし?」
「そこですか」

 謙人はイヒヒと歯を見せて笑う。

 二人の会話を今まで黙って聞いていた晴日が手を挙げた。

「レスキューで何で法科とか建築なわけ?」

 確かに一見関係なさそうではある。

「法科や建築だけじゃなくて、電気、科学、土木、機械、通信なんかの専門知識があったほうが、災害現場などで役に立つので、有利なんです。その他にも危険物取扱とか救急救命士とかの資格も重要視されますし。もちろん高卒ですぐに消防に入って、経験を積んでレスキューって方法も有りますけど、僕が最終的に目指していたのは、ハイパーレスキューだったので、知識は必要かなと」

「ハイパーレスキューって、レスキューの最高峰じゃんか」

 口が半開きの晴日に苦笑する。

 そういえばさぁ、と竜助が先日、テレビでハイパーレスキューの特番を見た話となり、他のスタッフたちも震災での活躍に感動したとか、訓練の様子が半端ないとか、それを目指してた十玖の身体能力がどうとか、レスキューの話で盛り上がっているが、肝心なことを忘れているようだ。

 十玖がにこやかに水を差す。

「僕が消防に入ったら、A・D続けられないですけどね」

 いいですか?と言いかけて、全員一致の声が上がる。
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