不器用な僕たちの恋愛事情


 *


 学祭を控えた十月は慌ただしい。

 バースデイ・パーティからこっち、呑気にデートとはいかず、十玖と美空はすれ違いの毎日だった。

 十玖がとにかく多忙を極めていた。

 半幽霊部員になりつつある合唱部の準備に駆り出されたと思いきや、学祭ライヴの件で生徒会に呼び出されたり、晴日たちに呼び出されたり、本業のライヴをこなしたり、道場の子供たちの指導に行っていたり、それでいて日課のランニングも欠かさず、毎日一つ所に留まっていないのだ。

 片や美空も写真部の準備やA・Dのライブポスターの打ち合わせ、クラスの催し物の準備に大忙しだった。

 十玖と話せるのは、十分の休み時間のみ。昼休みも放課後も誰かが十玖を攫って行き、二人の時間などない。

 “My heart is always by your side” とは贈ったけど、あんまりだ。

 チクチクと仮装衣装を縫いながら、美空の眉間から縦ジワが消えない。

「手縫いって腹立つ~ッ」

 向かいで同じくお針子の苑子がボヤいてる。

「しょうがないよ。ミシンは服飾部の子達が優先だし」
「そうだけどさぁ」

 毎年ファッションショーをやるくらい本格的なものなので、外部に利用許可は全くと言って出ない。

 なので、自宅にミシンのある子は家で粗方仕上げてきている。

 美空もその一人だが、パーツ部分は手縫いだ。

「もう十日切ってるのに、終わる気しなーい」

 女子総出で衣装作りをし、男子がアイテム等の備品を作ったり掻き集めたりしているわけだが、仕事量は断然女子が多い。

 中には裁縫を手伝ってくれる男子もいるにはいるが、手直しが必要だったりして、正直邪魔だったりする。

 そういえばさ、と苑子が話を変えてきた。

「結局、賞品の件、了解取れたの? 美空ちゃんばかり割食ってない?」
「あ、そうだった。太田さぁん」

 美空は、向こうでやっぱりお針子に勤しんでる実行委員の太田に声をかけた。

「賞品の件だけど、オーケー貰えたから」
「ホント!? コネ万歳ッ!! ありがと斉木さん」

 賞品が決まって、大歓声が上がる。

 同時に賞品目当ての生徒が、参加したいと言い出す始末だ。

 賞品は、A・Dのサイン入り生写真、二日間で限定二枚。

 童話のキャラに仮装して逃げるスタッフを捕まえて、スタンプ三十個を貰うスタンプラリー。当日の学祭終了三十分前までに集め、最初に提出した人が優勝、終了となる。

「ライヴといいスタンプラリーといい、今年の学祭はA・Dの大盤振る舞いだね」
「だね。謙人さんに頼んだら、一瞬無言になったもんね」
「それでもオーケーしてくれたんだ」
「可愛~くお願いしたもの」

 ニヤリと美空が笑うのを見て、「どんな?」という言葉を飲み込んだ苑子の笑みが引きつった。



 その日の夜。

 美空は自分を放ったらかしにして、あっさり道場に行ってしまった十玖に恨み言をぶちまけながら、やっぱり家でもお針子仕事に勤しんでいた。

(ちょっとくらい時間作ってくれてもイイじゃん。十玖のバ~カ)

 暗くなるまで、苑子と作業をしながら愚痴を聞いて貰っていたが、一向に収まらない。

 こんな時、好きのウェイトが自分の方が重いのではないかと思ってしまう。

 決してそんな事ないのは、分かってるはずなのに。

 スマホの着信音が鳴る。

 オレンジ色の空――――A・Dの曲で、十玖とお揃いの互の着信を知らせる曲。

 美空は慌てて電話に出た。

「もしもしっ」
『美空。いま大丈夫?』
「大丈夫。どうしたの?」
『うん。いま家の前にいた』

 ベッドを乗り越え、出窓を開けると外で十玖が手を振っていた。

 日課のランニングの途中だろうか。トレーニングウェアだ。

『ちょっと出てこれる?』
「いま行く。ちょっと待ってて」

 窓を締め、急いで部屋を出ようとして思い止まり、ドレッサーの前に戻って髪型のチェックをすると、今度こそ部屋を出た。

 十玖は門柱に寄り掛って、待っていた。

「どうしたの? 何か急ぎだった?」

 門扉を開け、十玖の前に立つ。

「あ~うん。ちょっと、美空不足」

 何のてらいもなく言う十玖。

「分かってたけど、ここまで美空と話も出来ないなんて、やっぱしんどいなって」

 ふにゃっと笑った十玖があまりにも可愛くて、抱きついて引き締まった胸に頬擦りする。

「道場から帰ってすぐ走って来たから、汗臭いよ?」
「全然平気」

 嬉しそうな美空を十玖が包むように抱きしめる。美空の髪に頬を寄せた。

「美空だぁ」

 抱きしめて、ようやくほっとした――――のも束の間。いきなり美空が「ごめん」と言って、十玖を見上げた。

「え…ごめんって、何?」

 美空はバツが悪そうにうな垂れてしまった。

 一抹の不安が過ぎる。

「み…くう?」

 突然で意味がわからない。

 頭が真っ白だ。

 十玖の指が小さく震える。

「十玖があんまり構ってくれないんで、薄情者だとかバカだとか、散々苑子ちゃんに愚痴っちゃった。さっきもあたしばっかり好きなんだとか、十玖の文句言ってた。ホントにゴメン」

 美空の謝罪が脳に到達するまで、数秒のタイムラグが発生。

 言葉の意味を理解して、深い安堵のため息が漏れる。

「なんだ」
「なんだじゃないよ」
「ゴメンて言うから、てっきり振られるのかと思った」
「そんなわけないじゃん」
「良かったぁ。びっくりしたよ」

 腕の中の美空をぎゅっとして、見上げる美空の額に口付ける。

 一瞬、腕の中で硬直した美空を感じ取り、そっと彼女を引き離す。

「ゴメン。調子乗った」
「やだ。違う。そうじゃない」

 離れようとする十玖の胸ぐらを掴み、引き寄せ、互いの唇が触れ、離れる。僅か数秒の出来事。

 真っ赤な顔で睨みつける美空を、十玖は茫然と見返した。

「突然だと、びっくりするだけだから。十玖が怖いんじゃないから」

 美空の両頬を包み、そっと上向かせ、十玖のうるんだ瞳が彼女の瞳を覗き込む。

「キスしてもいい?」

 返事の代わりに瞼を閉じた。

 そっと唇に触れる。

 小さく震える彼女を引き寄せ、ついばむキスを繰り返し、どちらからともなく舌を絡める。欲求は次第にエスカレートしていき、腰をぐっと抱き寄せ、髪を掻くように指に絡ませ、貪るキスを繰り返す。

 家の前だということも失念する程、完全に理性が吹っ飛んでた。

 美空の力ない抵抗が、本気の抵抗に変わって初めて我に帰った。

 下半身がただならぬ状態になっている。

 それを無意識とは言え、美空に押し付けていた状況は、どう言い訳しても苦しい。

 涙目の美空。

 今度こそ嫌われる。

「ゴメン――――今日は、帰る。ホントにゴメン」

 美空の言葉を聞くのが怖くて、逃げ出した。

 引き止める言葉も、罵声も、美空から聞くことはなかった。


 *


 美空と目が合うと、涙目で睨まれて、微動だに出来なくなる。

十玖が美空を怒らせたのは、傍目に見てもわかった。

 そして十玖の憔悴ぶりが哀れを通り越して、男子の賭けの対象になっていた。賭けはやっかみもあって、完全に別れる方に軍配が上がってる為、配当は大した事なさそうだが。

 そんな事も気にならないくらい、完全に不抜けた状態の十玖は、机に突っ伏して、美空を盗み見てる。

「とんだ干物ぶりね」

 突如視界を遮られ、顔を上げた先には苑子が立っていた。

「苑子邪魔」

 腕で苑子を押しやり、また突っ伏した。

「何やったのよ」
「話したくない」
「つまり、話せない事したわけね」
「だから心ん中読むの止めてよ」
「突っ走っちゃった己を反省しなさいね?」
「だ~か~ら。止めてって。墓穴掘って埋まりたいくらいなんだから」

 くぐもった声の十玖をせせら笑い、「自業自得」と後頭部に平手を張った。

「とーくのくせに、あたしより先にリア充になるから、バチがあたんのよ。ざまあみさらせ」

 声高にケラケラ笑う血も涙もない苑子に、男子は彼女と目を合わせないように心中で「鬼だ!」と叫んでた。

 冗談はさておき、と苑子は十玖の後頭部をパシパシ叩きながら、

「明日から学祭だってのに、こののままじゃ楽しめないでしょ。うちの景品協賛してる二人がこんなんじゃ」
「それって、自分のためだよね」
「バカね。当たり前じゃない。あんたに立ち直ってもらわないと、部の集客にも陰りが落ちるんだから、しっかりしてよ」

 やっぱり鬼だ。

 十玖云々よりまず、この性格が男運を遠ざけてるんだろうと、男子一致の見解である。

 賑やかな十玖の席をこっそり伺っている美空と目が合った。

「美空」

 十玖が席を立つと、美空も席を立ち、さっさと教室を出て行く。すぐに十玖は追いかけたが、間もなく肩を落として戻って来た。

「ちょっと早過ぎんじゃないの!?」
「トイレに逃げ込まれた」
「前で張ってればいいじゃない」
「女子トイレの前なんて無理だから!」
「十玖だったら大丈夫」
「なんの根拠があるの!?」
「んなものは無い」
「そ~の~こ~」
「あんたの瞬足で、逃げ込まれる前に何とかしなさいよ。ホントちっちゃい時から肝心な時に鈍臭いんだから」

 その通りで二の句が継げない。

 苑子は十玖の額に人差し指を突きつけ、

「あんたは直感の塊なんだから、変に考えて行動するんじゃないわよ――――って、今回は考えずの行動が招いたんだわね」

 ピシッと十玖の額を張り、「笑い笑い」と更にピシピシ叩く。

 十玖をこんなに情け容赦なく叩ける強者女子は、苑子以外おるまい。

「どっちにしても、ネガって動けなくなる前に、決着つけてね」
「他人事(ひとごと)だと思って」

 連打された額を摩りながら、自分の席に着く。

「当たり前じゃない」

 コロコロ笑う苑子を恨めしげに見送ると、美空が戻って来た。

 十玖は改めて美空に話しかけようとした時、無常にも始業のチャイムが鳴った。

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