不器用な僕たちの恋愛事情
2.晴日の場合
2.晴日の場合
美空が自室で写真の編集作業をしていると、晴日が部屋を覗きに来た。
「あ、お兄ちゃん。ちょうど良かった。この写真なんだけど」
椅子をずらし、パソコンの前を空ける。
「こっちとこっち、どっちがいいと思う? 謙人さんにデータ送る前に確認して」
「どれ」
つかつかとPCデスクの前にやって来て、二枚を見比べる。
会報誌の表紙の写真だ。
今回はイベントが目白押しだったので、どれを持ってくるか悩みに悩んで、やっと二枚に絞ったのだが、どちらも捨てがたい。
ハロウィンと学祭ライヴ。どちらも自画自賛したくなるほど、いい出来なのだ。
「こっちかな」
晴日は学祭の方を指した。
「ハロウィンは来年もあるけど、全員が高校なのは今年で最後だし、ホムペでちょっと触れてるしね」
ライヴ中は携帯の規制をしていたので、写真の流出がなかった分、来られなかったファンから問い合わせが続出していた。
「じゃ、こっちにしよ」
謙人にメール送信すると、次の作業に取り掛かる。
「学祭の写真、どこまで出す?」
「十玖の女装、出したら暴れるか?」
「言わずもがなでしょ」
新聞部に十玖の女装と全力で逃げてる写真、ライヴの写真を提供したら、あまりにデカデカと一面を飾ったものだから、しばらく十玖が鉄仮面を復活させ、周囲を恐怖に落とし込んだ。
「ピアノ弾てるやつは載せるから。これからライヴでも弾かせようかって、話になってるからさ。指が硬くなってるみたいだから練習は必要だけど」
「そうなんだ。久しぶりとかって言ってたもんね」
「家にはピアノあるみたいだし。苑子ちゃんが調律がてらたまに弾くくらいだったって言うから、使ってやらないと勿体ないしな」
「ふ~ん」
気のない返事。
苑子のことは好きだ。けど、十玖の介在なしで、頻繁に三嶋家に出入りする苑子にヤキモチも妬ける。
それを言ったら美空も竜助の家にフリーパスだが、十玖ももはや澤田家はフリーパスだ。
と言うか、メンバーの自宅はメンバー全員がフリーパスなんだから、遠慮のいらない男同士の付き合いはいいなと思う。
十玖の家だと、美空にはそれが出来ない。
彼氏の家だから、余計な緊張をしてしまう。十玖の母は気さくで、きっと気にも留めない、むしろいつでも大歓迎だろうけど。
「やっぱマレフィセント載せてぇ」
晴日の呟きに我に返る。
「じ…自殺行為じゃない?」
「ファンのためにこの身を捧げるわ」
「何でオネエよ。てかこれの流出を防ぐために、十玖必死で逃げたのに」
完全なプライベートショットを会報誌に載せても良いものか。
こちらを見上げるマレフィセント。
ダメって言われている気がする。
「そう言えば今日ね、帰りにバーガーショップで初恋の話になったんだけど、お兄ちゃんの初恋っていつだった?」
「俺? 年中の時に新任で入って来た玲香センセーだな。覚えてるか?」
「あーいたね。そんな先生」
園児のアイドル先生だった。
晴日も多分に漏れず、玲香先生に懐いていて、美空は大嫌いな先生だった。
「特に美人なセンセーじゃなかったけど、園児から見ても可愛いセンセーだったよなぁ。いつもいい匂いしてさ」
「あたしに同意を求めてる?」
「違うの?」
「あたしは嫌いだったよ。お兄ちゃん取られた気がして」
唇を尖らせる美空に、晴日は満面の笑顔だ。
美空の頭に抱き着いて頬擦りする。
「可愛いやつ。兄ちゃんも美空が大好きだぞ」
「いまは十玖が一番だけどね」
晴日に言葉のボディーブロー。
頭上で乾いた笑いが聞こえる。
晴日は、美空を椅子ごと後退させ、パソコンの前を陣取ると何やらカチカチ始めた。
「お兄ちゃん、何してんの?」
「マレフィセント送信完了」
「えっ!? ちょっと何処に送ったの!?」
「事務所。お兄ちゃん今いたく傷ついてしまったので、これくらいしないと癒されない」
「え――――ッ!? ちょっ知らないよ、どうなっても」
「十玖など大恥を晒してしまえばいい」
「いや。女子は喜ぶだけだから。それあたしがヤなんだけど」
晴日を押し退け、送信履歴を見てガックリとうな垂れた。
短時間でここまでする兄に敬服する。
「ヤサグレたマレフィセントは、可愛いから出して欲しくなかったのにぃ。お兄ちゃんのバカ~ぁ」
撮影会後にドレスをたくし上げて足を組み、頬杖を着いて不貞腐れていた十玖。
「これのどこが可愛いんだ? スネてるだけだろ。」
「可愛いの!」
はっと思い出して、美空は筒井に電話を掛けた。
「もしもし筒井さん。学祭の写真、十玖のマレフィセント使わないで下さい~ぃ。お兄ちゃんが勝手に送っちゃってぇ」
『写真? ちょっと待って――――はいっ。頂きましたぁ』
「お願いしますぅ。せめて不貞腐れてる十玖だけでも外して下さ~い。あたしの秘蔵コレクション」
『セミプロとは言えプロの端くれでしょ。徹して諦めなさい。こんなトーク可愛すぎるわ。女装萌にはたまらないでしょ、コレ。女装美男子は女子の好物だものねぇ』
「筒井さんまでそんな事ッ」
『怒るならハルにね。じゃ忙しいから切るわね』
無情な切断音。向こうでツーツーと鳴っている。
(ああ。十玖になんて言おう)
会報誌に載るなんて言ったら、しばらく口を利いてくれないかもしれない。
「別に拗ねてる写真くらいいいだろ。お前が頼んだら、ヌードだって撮れんだろ」
プチっと切れた音がした。
美空はおもむろに椅子を頭上まで持ち上げる。
「十玖のヌードなんて、危なくて撮れるわけないでしょ。てか恥ずかしくて頼めないわっ!!」
わっ、で椅子を晴日に投げつけた。
晴日はあっさり躱し、椅子が壁にぶつかって落下した。
壁に空いた穴を見やり、晴日は浮ついた笑いを浮かべる。下から母の怒鳴り声が聞こえた。
「俺が頼んでやろうか?」
「いらんわ。そーゆー物は形に残さない。悪用する人が周りに多過ぎるから」
もちろんA・Dを始め、筒井である。
「やだなぁ。それは誤解。何なら兄ちゃんが、芸術と美空のために脱ぐか?」
「お兄ちゃんのなんか見たくない! あたしの為とかって止めてくれる!?」
「兄ちゃんそんなにダメかな?」
「キモイ」
完全なるKOパンチを食らった。
ガックリと膝をつき、泣き崩れる。
コンコンコン。
返事を待たずに扉が開かれた。
一目でハーフと判る風貌とモデルのような長身とスタイル。トレーナーにジーパンとラフな格好もどこか様になっている女性が、眉間にしわを寄せて入って来た。
「あんたたち五月蠅いわよ。何時だと思ってるの?」
「マーム。美空にキモイって言われた」
「キモイじゃない」
「マムッ!? 可愛い息子になんてこと」
「だって本当にキモイって思う時あるもの。晴もダッドも。ところで、さっきの物凄い音は何だったの?」
辺りを見回して、原因がわかると美空ににこりと微笑む。
二人は条件反射で正座し、背筋を正した。
「説明して?」
「お兄ちゃんが、ダメって言った十玖の秘蔵写真を勝手に事務所に送信するんだもん」
バシッ!!
母の張り手が晴日の後頭部を襲撃した。
「デリカシーのないことを。晴が何でモテるのか不思議でしょうがないわ」
「だから長続きしないんだよ、マム」
「That's right」
「あんたらに肉親の情はないのかっ!?」
「特定の子と1年以上もったら見直してあげるわ」
美空とよく似ていて(順番的には逆だが)大人の女性の艶めいた微笑み。
我が母ながら本当に美人だと思う。
「あ、お兄ちゃんね、好きな子いるよ。知る限りでは初の年下」
「へえ。どんな子?」
「萌ちゃんって言って、十玖の従妹。これで長続きしなかったら、十玖に絞殺されるかも」
「それは楽しみねぇ。いつまで続くのかしら?」
ペチペチと晴日の頬を軽く叩き、不敵な笑みで「頑張って」と耳打ちする。そして離れ際に頬に軽くキスをした。
母は美空を振り返ると胸の前で腕を組む。
「それで、あの壁だけど?」
くいっと頭を傾いで壁の穴を指す。
美空はうつむき加減で母を見た。
「ごめんなさい。マム」
「業者は手配してあげるわ。修理費は、晴六、クー四で折半して払うこと。いいわね?」
「Yes、mom」
二人の異口同音。
母の決定に、でももだっても通用しない。
美空の頬にもキスをして、母は部屋を出て行った。
「そう言えば初だよね? 年下」
「あー…そうだな。初エッチは中学ん時の二コ上の先輩だったし」
「やめてっ。お兄ちゃんのそんな赤裸々な話、聞きたくなぁい」
「年上ウケは良いんだよな。誘ってくる女、年上ばかりだし」
「だから。そんな話、知りたくないってば」
耳を塞ぐ美空の手を無理矢理はがし、美空は「嫌~ぁ」と半べそかいている。
「けどさ。自分から告ったのって、萌が初めてなんだわ」
これには驚いた。
ぽかんと晴日をしばらく眺めていた。
「告ったことなかったの?」
「なかったな。据え膳食わぬはって感じで不自由しなかったし」
「だから、そーゆーのいいから。単純に、年上にしか興味ないんだと思ってたし」
「俺も」
ボリボリ頭を掻いて、首を傾げる。
「年上の方が楽っちゃ楽かも。だからかなぁ」
「どういう心境の変化?」
「わからん。まず飽きないな、萌は」
美空から見た萌は、スーパーボールのような子だと常々思っていた。
どこに飛んでくかわからない点では、晴日が飽きることはなさそうだ。
「萌ちゃんが、本当の意味でお兄ちゃんの初恋なのかもね」
美空は何気なく言っただけだった。
なのに晴日は、見る見る間に耳まで真っ赤になった。肌が生まれ持って白いから、尚更に目立つ。
「お兄ちゃん。真っ赤」
「う…うるさい」
しれっとエッチの話はするくせに、何気ない一言で狼狽えるなんて、兄は存外可愛かったようだ。
「へへへ」
「何だよ」
「何か嬉しい」
「そうかよ。こっちは無性に恥ずかしいんだけど」
「恋愛って恥ずかしい事の連続でしょ。あたしなんて何度、穴掘りたくなったか」
「面倒くさぁ」
頭を抱えてうな垂れた晴日。
こんな兄は新鮮で実にいい。
これで美空の気持ちも少しは分かってくれれば良いのだけれど。
もう寝る、とキャパオーバーの晴日は自室に戻り、美空は再度パソコンに向かった。
マレフィセント流出の件を、どう十玖に知らせたものか、頭を悩ます美空であった。