不器用な僕たちの恋愛事情
3.竜助と謙人の場合
3.竜助と謙人の場合
美空の部屋を散らかし捲った三人は、がっつりお説教を食らった。
片付けが終わると、美空に部屋を追い出され、再び晴日の部屋に戻って来ると、ため息とともに床に転がる。
揃いも揃ってデカい図体がゴロゴロする様は、見る者をイラっとさせる。
トレーにコーヒーを持ってきた美空は、「邪魔邪魔」と手始めに竜助を蹴飛ばし、続いて晴日、謙人を蹴飛ばしていく。
美空の所業に言葉なく笑って見守る十玖である。
(座ってて良かったぁ)
とは十玖の心の声。
美空のお怒りはまだ静まっていないようだ。
それでも飲み物を用意して来てくれるのだから、何だかんだ言って優しい。
蹴飛ばされるのも茶飯事な三人は、すごすごと起き上がり、入りたてのコーヒーに有り付く。
ほっと人心地ついて、美空が口火を切った。
「この間からみんなの初恋話聞いてたんだけど、これが結構面白くてね。竜ちゃんと謙人さんの初恋っていつだった?」
謙人は数度瞬きをして、十玖と晴日を見てから美空に視線を戻す。
「この二人のは聞いたの?」
「うん」
「へえ~。俺も聞きたい」
「そう言う話とかって、男同士ではしないの?」
「取り立ててしないよな?」
謙人は男三人に同意を求める。
一様に頷き、話題は音楽の事か、仕事の事が殆どらしい。
「女の子ってそーゆー話好きだよねぇ」
謙人がくすくす笑えば、
「小学生の時まで、野郎に交じって遊んでいたクウちゃんが、初恋話とかって変わるもんだよな」
と竜助がニヤニヤする。
「もおっ。あたしの事はいいから。二人の話、聞いてるんだけど」
「まあまあ。で。十玖の初恋は?」
謙人は微笑んで十玖に振った。
「美空」
「…聞くんじゃなかった。胸焼けしそう」
胸をさする謙人は、「何でですか?」と聞き返す十玖の額を押しやる。
「俺にも聞いてよ」
放置気味の晴日が謙人に言った。
「で、いつ? 誰?」
「投げやり感、パねえ。いんだけどね。俺は、年中の時の玲香センセー…ってこれでおかしな事になったんよ。玲香センセー人気あったよな?」
同じ幼稚園に通っていた竜助に訊く。
「あったね。お前、やたら懐いてたもんな」
「そうそう。そしたら美空が、“お兄ちゃん取られたみたいで玲香センセー嫌いだった”とか、可愛いこと言ってくれた後に、“いまは十玖が一番だけど” とか言うから、ケンカになったんだよ」
「また蒸し返すんだ?」
「いやいやいや。蒸し返しません」
顔の前で何度も両手を交差させて振る。
美空の完全なる味方の前で、無謀なことは本日終了だ。一日に何度も十玖にシメられたくない。
「竜ちゃんの初恋は?」
「……よく覚えてない。ガキの頃から基本的にそーゆーの希薄だったし、どれが初恋なんだか判らん」
「え~。つまんない」
「だから俺にはラヴ・ソングは書けません」
「…なっとく。じゃ謙人さん」
あっさり引かれて、些か複雑そうな竜助の苦笑。
“男の初恋は墓場まで持って行く”と言う歌が有ったなぁと竜助は何となく思う。
言うつもりはないって事だ。特に美空には。
「俺はねぇ、幼馴染みの子。っても俺より一コ上だけど」
「謙人さんの幼馴染みとかって、初耳なんだけど」
「あ~うん。涼にしか話した事ないから」
冨樫涼。A・Dの元ヴォーカル。謙人を音楽の世界へ引っ張り出してくれた親友。
久しぶりの涼の名前に、感慨深げな面持ちになる。
「ねえ。今度、涼ちゃんのとこにみんなで行かない? 奥さん、真奈実ちゃんのお腹も大きくなってるよね。てかそろそろじゃない? 出産予定日」
「十一月半ばだったと思うよ」
密にメールで連絡を取っている謙人が言った。
「涼ちゃんがもうすぐリアルパパなんて、なんか不思議」
「生まれたらお祝い持って行こうか」
「うん。どっちかなぁ。楽しみ」
生まれてくる子に思いを巡らせ、満面の笑顔を見せる美空に、皆が笑みを浮かべる。
「それで、謙人さんの幼馴染みなんだけど」
唐突に話を戻した美空に謙人は苦笑する。
「忘れてなかったか」
「忘れてないよ。幼馴染みさんもやっぱり何処ぞのお嬢様?」
ワクワクした顔の美空にクスクス笑う謙人。
ほかの連中は、美空ほど謙人の初恋に興味はないようだ。みんな好きな事をやってる。
「そうだよ。祖父さま同士が苦楽を共にした親友で、彼女とは生まれる前からの付き合い」
「今は? ライヴに来た事ないよね? お嬢様はライヴハウスなんて来ないか」
表情をくるくる変える。
謙人はコーヒーを啜り、後ろに手をついて天井を仰いだ。
「バンド始める前に留学したからね。帰って来るのか来ないのか、留学前にケンカしたから、音信不通で元気なのかもどうだか」
「連絡しないの?」
「連絡先知らないし、教えてくれないからね」
「教えてくれないなんて、よっぽど酷く怒らせたの? 謙人さんらしくない」
「ガキだったから。もうこの話は終わり」
言い切ったのだから、謙人はこれ以上聞いても話してくれないだろう。
話したくない事がこの先にあるのだと悟り、あっさり引き下がった。
美空は十玖の読んでる雑誌を横から覗き込む。チラリと美空を見、雑誌を少し彼女の方にずらした。
十玖たちを見て、謙人は遠く離れた幼馴染を思い、深いため息をついた。