不器用な僕たちの恋愛事情
萌はオリエンテーリングの班の中で、一人孤立していた。
班別行動の役割を決める時間なのに、明らかに無視されている。
理由は分かっていた。
入学式の翌日から、A・Dの三人衆と美空と一緒に登校した。それで十分に注目を集めた。
その後もいつもの調子で、十玖に飛び付き、晴日に飛び付き、唯我独尊を極めつくし、気が付けば女子の反感を買っていた。
元々、女子の友達は少ない方だが、初っ端から思い切りつまずいてしまった感は拭えない。
中三の途中で転入してきたから尚更だ。
(別にいいんだけどね)
班長の女子と目が合った。
萌は顔色変える事もなく、じっと見てると、彼女はつんと顔をそむけた。
(あ~あ。つまんない。早くチャイムならないかなぁ)
スマホを取り出して、するともなしに時間を確認すると、ラインのグループを開いた。
今の心情をポツリとトークする。
間もなく返事が来た。
《HAL――何だよ。いつも通り割って入れば? 人の顔色窺うようなタイプじゃないだろ》
《Ryu――子ザルらしからぬ発言(笑)図々しいのが専売特許だろ》
《Moe――子ザルじゃないも! 萌ってそんな図々しい?》
《KENT――子ザルちゃん。無謀と言われつつも頑張って入ったそのガッツに、お兄さんはいたく感動したのに、もう泣き言? 残念だなぁ》
《Ryu――自覚なしか? 子ザル》
《Moe――だから子ザルじゃないも!! 晴さんが子ザル言うから~(泣)》
《HAL――(笑)》
《Coo――大丈夫? 萌ちゃんを分かってくれる人、絶対いるから。ね?》
《tuttu――あんたたち今授業中じゃないの!?》
《KENT――筒井マネ、暇なの?》
《Moe――優しいのは美空さんだけだよ。そう言えば、とーくちゃん既読スルー?》
《tuttu――暇じゃないわよ!!》
《Talk――萌。友達出来るまで、上級生のクラスに来るの禁止!》
催促したらとんでもない文面を寄越した。
「とーくちゃんの鬼!!」
思わず立ち上がり、スマホに向かって怒鳴ってた。
クラス中の視線が集まった。が、萌にはどうだっていい。
《Talk――晴さんを一年のクラスに呼ぶなんて言語道断だからね(NG)》
《HAL――俺が勝手に行くのは?》
《Talk――ここで萌を甘やかしてどうします》
《HAL――だな(汗)》
「晴さんのバカ! とーくちゃんの悪魔!」
再びスマホに向かって怒鳴った萌に、担任が言う。
「相原さん。スマホ没収」
昼休み。
鉄板の校舎裏にお誘いがかかり、取り囲まれながら萌は乾いた笑いを漏らした。
ここに来るまでに、だいぶ小突かれた。
身体検査で測った身長は、去年から1ミリも伸びていない。
小学生並みの身長の萌を取り囲む女子たちの、なんと大きい事か。さぞかし萌の頭は小突き易かった事であろう。
理不尽と感じつつ、萌は大人しくしていた。
ネクタイの色は濃紺にエンジのストライプの二年生が四人と、同じく濃紺にグリーンのストライプの三年が五人。総勢九名が、萌を睨み下ろしている。
因みに一年はスカイブルーだ。
「一年のくせに、A・Dにずいぶん馴れ馴れしいよね」
「ハルやトークに抱き着くって、従兄妹だかなんだか知らないけど、何様?」
髪の毛を引っ張られ、萌の目に僅かに涙が滲む。
だが負けん気の強さだけは、十玖に引けを取らない。
「従兄に馴れ馴れしくしたらダメですか? 先輩たちはイトコに馴れ馴れしくしないんですか? とーくちゃんの彼女のお兄さんと仲良くしたらダメですか?」
約束通り、合格発表の時から晴日と付き合い始めた。
でもこれは内緒にしてる。
十玖をダシにして近付いたと、萌が酷い目に合わない様に、みんなで決めた。
今も充分酷い目に遇っているが。
十玖や謙人が大っぴらにしているのを、若干羨ましくは感じるけど、二人の場合は仕方なかった。
十玖は美空を守るために。謙人は家のために。
「仲が悪かったら、とーくちゃん悲しむじゃないですか。先輩たちはとーくちゃんたちを悲しませたいんですか?」
「言わせておけばっ!」
一斉に手を上げかけた時、僅かな隙をついて萌は走り出した。
昼休み屋上。
《Talk――みんなで屋上にいるからおいで。ご飯食べよう》
とラインしたにも拘らず、既読にもなってない。
拗ねたかな? と思っていた矢先に、竜助が声を上げた。
「あの見事なまでのミニサイズは萌じゃねえ?」
地上を見下ろす竜助が、もの凄い勢いで走る萌を指差した。
座り込んでいた全員が一斉に立ち上がり、下を見下ろす。正(まさ)しく萌だ。
女子生徒に追い駆けられている。
晴日と十玖はすぐさま踵を返し、その後を竜助、美空、苑子、太一も続く。
走りながら十玖は有理に電話する。
「悪い有理。萌が追っ駆けられてるからすぐに捕獲…保護して。西校舎裏走ってたからヨロシク」
「捕獲って何気に失礼だな。俺の彼女に」
「僕の従妹を、最初に子ザル言い出したの晴さんですよ」
「どっちもどっちか」
後ろを走って来る四人をどんどん引き離し、上履きのまま校舎裏に飛び出した。
前方に群がって走る姿を発見し、足を速めた。その向こうに有理の姿を見つける。
「有理ちゃーん!」
萌は一目散に走り寄る。萌の習性を学び、身構えた有理に飛び付いた。
構えたものの、さすがに当たり負けしてよろめいたが、ここでコケないところが蹴り技を得意とする有理ならではである。
十玖と晴日も走り着き、その後にぞろぞろと辿り着いた。
「一体何してるの? 一人を束で追い駆けて」
「先生には関係ないでしょ!」
「先生だけど、従妹だし?」
の予定だけれど。
十玖の義姉(こっちも予定)と言うのは、周知であり、萌とも関係ありなのは当然と言えるわけで、しかも後ろにはその十玖たちが控えている。
「萌に腹立つの、あたしが一番分かるけどさぁ。この子自由過ぎて迷惑だし」
そう言ったのは、萌を天敵視する苑子だ。
「子供の時から萌に迷惑を掛けられてるあたしを差し置いて、勝手な事してんじゃないわよ。萌を虐(いじ)めていいのはあたしの特権よ。昨日今日ちょっとイライラしたくらいで、ふざけんじゃないわよ」
酷い言われようである。
十玖たちは思わず苦笑い。
苑子は腕を組んで踏ん反り返る。
「萌なんか妬んだって、なんの得にもならないわよ。むしろ時間の無駄ね。どんなにあんたたちが萌を虐めたところで、全く堪えないから。この鳥頭」
堪えるような性格だったら、苑子だって苦汁を舐めたりしなかった。
翻弄された幼い日々を思い返せば、ふつふつと怒りが蘇る。
「苑ちゃん酷い」
「どこが? あたしは、あんたの自由さに何度死を覚悟したか!」
あまりに十玖が不憫で、代わりに面倒を見て地獄を見た。それでも見捨てられないお人よしの苑子だったから、その反動がいま十玖いじりの根源にもなっているのだが。
十玖と太一が、苑子の肩に労りに満ちた手を置いた。全てを見て来た二人である。
女子たちは苑子の剣幕に拍子抜けしたようだ。小声で何やら相談してる。
A・Dが見ている前では、彼女たちも荒っぽい事は出来ない。
その脇を通り抜け、十玖は有理から萌を引き取る。抱き着こうとする萌を軽く突き放し、
「こんなでも僕の従妹なんで、腹が立っても見逃してくれると助かります」
「とーくちゃんまで酷い」
文句を言う萌の頭を下げさせながら、十玖も頭を下げる。
女子たちも十玖に頭を下げられたら嫌とは言えず、すごすごと撤収していく。
背中を見送って、十玖は肩を落としてため息をついた。
「有理ありがとう。苑子も」
「どういたしまして。まあ大事にならなくて何より」
萌の頭を撫でて、有理は苦笑する。
「別に萌を庇ったんじゃないし」
つーんとそっぽを向く苑子に対して、太一が「素直じゃないんだから」と笑う。
「うるさいわね。太一のくせに」
「ほっとけないんだよなぁ。苑子は」
くすくす笑う太一が、よしよしとばかりに苑子の頭を撫でる。ぷうっと膨れた苑子がその手を叩き払うと、チラリと萌を見、すたすたと歩き出した。
「ほんっと素直じゃない」
「まあ苑子だから」
姉御の背中を見送り、二人は萌を振り返る。
当の本人はケロッとしたものだ。
これが苑子の癇に障るんだろうなぁ、と二人は苦笑する。
子供の頃のような無謀な事はしなくなったとは言え、何かしら引っ掻き回すのはもはや習性か。
十玖は何とも言い難い面持ちで「こんな従妹ですが」と頭を深く下げ、晴日もまた複雑な笑みを浮かべた。