不器用な僕たちの恋愛事情
美空の喉から短い悲鳴が漏れた。指先で転がし、美空の反応を見ている。

弄ぶ指を押し退けようと体を左右に大きく捩り、腕を振り上げ十玖を殴る。痙攣のように震え、腰を引いて体を丸めようとするのを、十玖が足を絡めて阻止した。

「美空。僕を見て」

もう一度言う。今度は優しい声で。

焦点の合っていなかった美空の視線が、ゆっくりと焦点を合わせ、やっと十玖の目を見た。彼は微笑み、ぴくぴくと痙攣する彼女の中に、ゆっくりと長く節張った指を挿入れていく。

目を見開いて驚愕する美空に微笑んだ。

「やっと僕を見てくれたね」
「…や…と…おく。いや……あっ。や……めて」
「ダメ。僕は止めないから、嫌なら本気で逃げてくれなきゃダメだよ」

中は熱くグズグズに熟れた果実のようだ。

ゆっくりと指で捏ね回し、指先で柔らかな壁を押し上げ、擦り、トロリと指を伝って乳白色の液が零れる。

十玖を突っぱね暴れながらも、途切れ途切れの吐息が熱い。

眼下で泣きじゃくり、嫌がる美空が愛しいと思ってしまうのは、ヤバいんだろうなと自嘲する。

ジーンズの中で熱を持って脈を打つモノが押さえつけられ、痛みと苦しさを覚えた。

美空の中から指を抜き取り、絡みついた液を丁寧に舐め取りながら、解放されたモノが激しく脈打ち、更に熱くなって反り返ると、熱を持った吐息が知らず漏れた。

巻き付けられたワンピースを解こうと四苦八苦する美空のショーツを剥ぎ取り、足をこじ開け、美空の秘所に限界値まで達したモノを押し当てた。

「逃げないの? 挿入(はい)っちゃうよ?」
「お…ねが……い。怖い事、しないで」

哀願する美空に口づけて、頭を抑え込んだ。同時にギリギリと押し入って来るモノに、美空は体を戦慄(わなな)かせ、堪らず悲鳴を上げた。

巻き付けられていたワンピースが、ようやく手を離れ十玖の胸を押しやる。

「や…とお…く。痛い。痛いよぉ」
「まだだよ。まだ…」
「いや……い…いやっ。や…めて……ったい…と…十玖と…初めてが、こんなんじゃ…や……ヤだぁ」
「もお無理。手、背中に回して」

ゆっくりと動かしながら、少しずつ奥まで侵入していく。これ以上の侵入を拒むかのように奥で締め付け、ゾクリとして危うくイカされそうになった。

乳房を鷲掴み、可愛い乳首を吸って舌先で転がし、ぐいぐいと突き刺す。

泣きじゃくりながら懇願する美空を突き上げながら、自分勝手な欲望に身を任せ、彼女の中に垂れ流す。すぐに新たな欲望が漲り、何度も何度も深いところまで突き上げた。

美空の嗚咽の声もかすれ始めた頃、彼女の手が頬に触れた。

十玖は眇めた目で見降ろす。

「十玖……泣かないで」

この時、泣いていたことに始めて気が付いた。

美空が十玖の涙を指ですくう。

「ごめんね。大好きよ、十玖」

気が付いた途端、堰を切ったようにぼたぼたと、涙が彼女の上に滴り落ちて行く。美空は十玖の頭を抱き寄せた。

「…くう。ごめん」
「う…ん」
「ごめん。ホントごめん。もおホント…ダメなんだ。別れるなんて、冗談でも言わないで。頭がおかしくなる」
「十玖……お願い。泣かないで」

美空の腕を解き、半身を起こして掌で涙を拭く。深呼吸して、美空を見つめた。

「愛してる。愛してる愛してる愛してる」

美空が微笑むのを見て、安心した十玖が笑う。

美空に引き寄せられ、唇を重ねた。舌を絡め、吸い、十玖の舌先が歯の裏を舐める。その舌先を強く吸い取って、美空は悪戯っぽい笑いを漏らした。

「誘ってるの?」

美空の返事など待つまでもないと、首筋に舌を這わす。「くすぐったい」と首を竦めた仕草に、一時大人しくなったモノが、彼女の中で起き上がっていく。

「え? や…なに急に」

目を白黒させる美空に、申し訳なさそうな十玖。とは言えしっかり腰は動いてる。

「美空、可愛いすぎ」

軽くキスして、美空の脚を肩に掛ける。内腿にキスすると、悪戯っ子の笑みを見せた。

「いま美空と繋がってるよ」
「っ…やっ」

腰を引いた彼女を止め、ぐっと押し込む。

「ダメ。まだ美空の中にいさせて」

指が下腹を撫で、茂みから埋もれていた粒を見つけ出し、抓んで弄ぶ。膣内(なか)がひくひくして、十玖のモノを締め付けてくる。

背筋がぞくっとして、震えが腰を突き抜けた。



 腕の中の美空を愛しく抱きしめ、額にキスをする。ふふと笑う彼女の目を覗き込んだ。

 十玖の輪郭を指でなぞり、顎から喉仏を辿ってく。少し変形している左の鎖骨の上で指を止めると、十玖が「骨折の痕」と笑う。よく見れば、あちこちに傷跡が見られた。

 付き合って一年近くになるけど、隠し事をしない十玖の事でさえ、意外に知らないことが多いものだと気付いた。

「目、真っ赤だね」
「うーん…ちょっと腫れぼったい」
「冷やす?」

 そう言う美空の目もかなり腫れぼったい。

「んー。いいや。離れたくない」

 二人はくすくす笑い、こつんと額を合わせた。

「美空。ありがとう」
「十玖も、ありがとう」
「体…ツラくない?」
「うん。平気」

 美空の前髪を掻き上げ、愛しい人を眺める。額にキスし、瞼に、鼻先に、頬に、唇にキスの雨を降らせる。首筋から背中、弓なりに反った腰となぞり、ぐっと引き寄せて硬く滾(たぎ)るモノを押し付けた。

「ごめん美空。も一回してい?」
「えっ!?」
「サカってごめん。今度は優しくするから」
「……」

 泣きそうな上目遣いで見返してくる美空。頭を抱きかかえ、「いい?」と囁く。頬に触れた彼女の掌に優しいキスをした。



 ふっと目を覚ましたら、十七時を回っていた。

「十玖! ねえ起きて! 五時回ってる!」

 揺さぶられて目を覚ました十玖は、ハッとして時計を確認し、飛び起きて服を探す。慌てて服を着た二人は、互いの顔を見て絶句した。

 顔がパンパンに腫れていた。

 マズイ。非常にマズイ。美空の父親になんて説明するべきか。ただでさえ信用を裏切って後ろ暗いのに、こんな顔を見せたら何を突っ込まれるか。

 そろりそろりと下に降り、リビングを覗く。まだ帰っていないことを確認して、十玖が煮詰まったコーヒーを片付けて新しく淹れ直し、美空が二人分の氷嚢を作り始めた。

 顔を合わせづらいから帰りたかったのだが、そうなると逃げ場のない美空一人が的になってしまう。いかにも泣きましたと語る顔では、放って帰る訳にもいかず、泣ける映画鑑賞三昧と言うことにして、帰って来るギリギリまで冷やすことにした。

 二人でソファーの背凭れに頭を預け、何の映画を観たのか話し合い、アリバイ工作に余念がない。

 間もなく美空の父が帰って来た。

 雁首を揃えて氷嚢を乗せている姿に、呆けた顔で近付いて来る。

「どうしたんだい二人とも」

 上から覗き込む父に、二人は氷嚢を取って顔を晒した。

「お邪魔してます」

 のろのろと身を起こし、ぺこりと頭を下げる。

 父に答えたのは美空だ。

「映画観て、二人とも泣き過ぎた」
「すごい顔だな。二人とも。何観たらそんなに泣けるかね」
「シンドラーのリスト、グリーンマイル、きみに読む物語、戦場のピアニスト」
「また凄いラインナップだね。今日は泣き目的だったのかい?」

 話を振られて、十玖ははにかみながら美空をチラリと見た。

「その予定ではなかったんですけど、まんまと術中にハマって泣かされました」
「あ~っ! あたしのせい!?」
「嘘言ってないし」

 映画ではなかったけど。

「やりかえしたくせに」

 もちろん映画の話じゃない。

「何かよく分からないけど、仲が良くて何よりだ。うん」

 冷やしておきなさいと、二人の肩を叩いて、ボディーバッグをソファーに放り投げた。

「トークン。夕飯食べて帰るだろ?」
「あ、いえ。今日はそろそろ帰ります」

 後ろめたくて居心地が悪い。

 美空は十玖の袖を掴み、縋るように見つめて首を振る。居心地が悪いのは美空もだ。唇が「共犯でしょ」と言っている。

「十玖。食べて行くよね!?」
「え…っと」
「食べて行くよねっ!! 十玖手伝ってくれるでしょ!?」

 十玖の胸倉を捕まえ、キッと睨んで小声で言う。

「痛いんだからフォローしてよ」

 と良心に訴えられては、十玖は観念せざる得ない。原因は外でもない自分だ。

「……頂いて帰ります」
「はい決まり。じゃ手伝って」
「いいのかい? 用事あるんじゃ?」
「急ぎではないので」

 そう言うしかあるまい。どうしたってこの彼女には勝てないのだから。

 先に惚れた方が負けとよく聞くが、本当にそうだ。

 満面の笑顔を見せる美空。こっそりため息をついて、カウンターキッチンにくっ付いて行った。



 美空は晴日の部屋のドアをノックし、返事を待たずに開けた。

 湯上りで頬が上気している美空が、パジャマ姿で覗き込む。

「お兄ちゃん。お風呂空いたよ」
「おうっ」

 ベッドに寄りかかって本を読んでいた晴日が、それを閉じながらしげしげと美空を見た。

「なあ美空」
「なあに?」
「十玖とやったか?」

 握った指の間から親指を覗かせて、ぐっと前に突き出してニヤリと笑う。瞬間で真っ赤になった。

「お兄ちゃん!! 下世話っ!! その手やめて」
「別にからかってねえよ。二人ともやっと乗り越えられたんだな」

 嬉しそうに笑ってくれる兄に、素直に頷く。

 晴日は本当に二人の事を心配し、美空の心と十玖の心を支えてくれていた人だ。

「良かったじゃん」
「う……うん」

 美空は晴日の隣に座り、膝を抱える。

「十玖の事、好きになって良かった。ちょっと…や。だいぶ荒療治だったけど」
「はははっ」
「何かね、一定のラインを越えたら、意外に平気になったから不思議よね」
「それだけ大事にされてきたからだろ。責任取って結婚とか言い出しそうだよなアイツ」
「ははっ」

 当たらずとも遠からず。尤もだいぶ前に言われてる話だが。

 美空は下から兄の顔を覗き込む。

「お兄ちゃんは? 今日のデート楽しかった?」
「まあな。でも、尽くづく思ったのは、早く免許取らないとマズイなあって事だな」
「だろうね」

 デートには変装が不可欠で、公共の交通機関の利用は、なかなかに疲れる。

 初めてのデートの時、しみじみと思ったものだ。

 ゴールデンウィーク中に十八の誕生日を迎えた晴日は、その一月前から時間のある時に教習所に通い始めていた。ところが晴日の都合と教習所の予約状況の折り合いが中々着かず、遅々として進まないらしい。

 晴日は他のメンバーよりも目立つから、焦る気持ちも解る。

 金髪碧眼は、とかく日本人の目を引きやすい。

「先祖返りはこーゆー時、大変よね」

 子供の頃は、この兄の色合いが大好きで憧れだったが、今は少し可哀想に思えた。

「まあこればっかは、しょうがないっしょ。グレートグランパそっくりな自分嫌いじゃねえし」

 ひよこ色の毛先を抓んで二ヒヒと笑う。

「うん。あたしもお兄ちゃんの髪と目の色好き」
「だろ? 十玖妬くだろな」
「ふふ。たまにイラっとするとは言ってる」
「ざまみろ」

 十玖を思い出してささやかな勝利に笑む。

 上機嫌になった晴日は「風呂入って来るかあ」と立ち上がったので、美空も一緒に部屋を出た。

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