不器用な僕たちの恋愛事情
夕食が済んで、晴日は早々に自室にこもった。
ベッドに横たわり、天井をぼんやりと眺めながら、昼間の十玖との会話を思い出す。
美空を諦めないと言いながら、告白もしないと言い切ったその背景が気になった。
けれど十玖の口を割るのは至難の業だろう。
気持ちが昇華するまで、恋心を抱き続けるつもりなのか?
一体いつまで?
いつ昇華する?
晴日の中にはない選択肢。
片思いの相手一人をどこまでも一途に想い続ける強さは、自分にない。ダメだと思ったら引きずったりしないで、次に行く。
不器用な愛し方だけど、十玖をカッコいいと思える。
そしてそんな愛され方をしている美空が、羨ましくも誇らしくもある。
いつもだったら、虫を追っ払ったと得意顔で父親に報告するところなのに、そんな気になれないのは、大分十玖に情が移ってる証拠だ。
(アイツ純粋すぎるわ)
純粋すぎて太刀打ちできない。
手を貸してやりたくなるのは、それ故か。
余計なお世話かもしれないが、美空の人生の中で、十玖以上に認められる男なんて、おいそれと出会えないだろう。そんな気がする。
考えに耽っていると、ノックし、その美空が顔を覗かせた。
「お兄ちゃん。ちょっといい?」
「ちょうど良かった。俺も聞きたいことあったんだ」
身を起こして、ベッドに腰掛ける。
美空は部屋の中ほどまで進み、ちょこんとクッションに腰掛けた。それと同時に晴日が口を開く。
「十玖と昔なんかあった?」
「何いきなり」
「多分、美空の聞きたい事も関係してるかも知れないなと」
「あたしを気にして渋ってるの?」
「簡単に言えばそうなんだけど、もっと根が深いというか。自分は美空に対してデリカシーのない事をしたから嫌われている。それなのにA・Dに入るのは、気まずいみたいな? 詳しいことは美空のプライバシーだから言えないって、口割らないし」
お手上げぇ、と両手を挙げる。
美空が気にしていたように、十玖も気にしていた。
あれは憐憫の眼差しだったのだろうか? そう思った瞬間、複雑な心境になった。
「三嶋は……何も悪くないんだよ。あたしが勝手に気まずいだけで」
あの頃に思いを馳せる。
泣いていた美空に困った顔でにタオルをくれたのに、一方的に無視した。
「中二の頃、お兄ちゃんに内緒で、ある先輩と付き合ってた」
「はあっ!?」
「いいから聞いて。晴日の妹だから簡単にヤらせると思ったのに、ヤらせないって振られた現場を一部始終、三嶋に見られたの。振られて泣いてたあたしに、三嶋はタオルをくれただけ。後から来たのはあたしの方で、三嶋にしてみれば不可抗力で、でもそんなところ見られて、気まずくて、目が合うといつも睨んでた」
肩を落として溜息をつく。
「もし三嶋がデリカシーないってんなら、いつも物言いたげに見てることよ。思い出したくないのに、思い出させるからイライラして、余計睨む目に力が入ったわ。てかフラれた理由がお兄ちゃんにもあったんですからね。サセコと思われてなんて最悪だったわ」
一気に捲し立て、それで? と言わんばかりに小首を傾げて、晴日の反応を待つ。
十玖が何か言いたげなのに気付いても、その思いを関知してない事に、いささか哀みを覚える。
以前なら小躍りでもして喜んでいるところだが、思いの外、十玖を気に入ってしまったようだ。しかし、十玖頑張れとは思うが、わざわざ美空をけしかけるつもりはないし、それくらい男なら自力でなんとかしろと思ってる。
「聞きたいことは山ほどあるんだけど、まず、十玖を嫌ってはいないって事でいいか?」
「嫌ってはないけど、苦手」
「そっか。じゃ、十玖が入っても問題ないな?」
「うーん。写真、撮りに行きづらくなるかも」
「それくらい克服しろ。十玖は悪くないんだろ?」
「…微塵も」
「わかった。で、十玖の誤解を解いてくれる気はあるかな?」
「あたしが!? 無理無理。ガン付ける自信ならあるけど」
謝るのにガン付ける自信があると言うのもなんだが、こじれ女子にはいきなりハードルが高いようだ。
晴日も聞いただけで、無理強いするつもりはない。
十玖に、きっぱり諦めてくれと言われたが、これで明日も口説く口実ができた。今はそれで十分だ。
そう言えば、と美空は言う。
「なに三嶋泣かしてたの? 驚きなんだけど」
感情を表に出すことが少ない十玖の弱った姿に、関わりたくないと思いながら、美空はあの時口を出さずにいられなかった。
晴日はポリポリと指で頬を掻きながら、
「いや泣くまではいっちゃないが、いろいろと思うところがあったみたいでさ。俺も詳しくは分かんないから、知りたいなら直接本人に聞いて」
十玖の気持ちを自分が言うのは違うと思うから、晴日は適当に誤魔化した。あとは当人に任せるほかないだろう。
もっとも、今の美空がそれを十玖に聞くとは思えないが。
美空は晴日の答えに渋い顔を見せたが、食い下がるでもなく、大人しく自分の部屋に戻って行った。
晴日は、明日に思いを馳せ、気合を入れた。
十玖は日課のランニングを済ませると、ようやく落ち着いて腰を据えた。
ベッドに寄りかかり、貰ったCDを聴いていた。
オルタナティヴロック。
それぞれが個性的で、物事に囚われない傾奇者的なメンバーらしい音楽。
ややハスキーな涼の声が、腹にズンとくる。
低く、高く、伸びていく。
もう音源でしか聴くことしか出来なくなったこの声を、心底もったいないと思う。
何故、この人の代わりが自分だったのか。
正直、荷が重かった。
美空のことがなくても断るつもりだった。
合唱部のように直立不動で歌うわけじゃないし、涼のようなカリスマ性もない。自分の見せ方なんて、今まで考えたこともない。客を煽れる性格ではないし、自分なんかが出張ったら、盛り下げるのが目に見える。
完全に人選ミスだ。
涼があんな事になって気の毒だが、焦って自分を選んだんじゃないかと十玖は思う。
A・Dの曲は好きだ。
一ファンとしてなら、晴日にも付き合えるが、ステージにいる自分は想像できない。
諦めて欲しいと言ったものの、どこまで本気にしてくれるか。
頭をベッドに凭れさせる。
告白しないのかと晴日は言った。
最初はあんなに牽制していたのに、どういった心境の変化か。
十玖を引き入れるために、美空をチラかせているわけではないだろうが、急に軟化した。
(言えるわけないよ)
一度だって、美空に笑顔を向けられたことない。
十玖が知ってる顔はいつだって、困惑を隠し持った、睨む鳶色の瞳。
付き合いたいなんて、贅沢は言わないから、せめて笑いかけて欲しい。そう望むのもおこがましい事なのかもしれないが。
自覚してから、気持ちが止まらなくなってる。
日に日に膨らんでいく想いを持て余して、やるせない。
誰が見ているわけじゃないが、泣きたくなる気持ちをぐっと押し殺した。