遠い昔からの物語
この本は、もしかしてその人が置いていったものかもしれない。
国の統制下にある水産会社に勤める、お堅い気質の伯父が読む本だとはとても思えなかった。
だけど、こんな非国民の塊のような中身の本が、つい何年か前まではちゃんと出版され、本屋に並んでいたかと思うと信じられない気がする。
わたしがのんびりとこんな本を読んでいる間にも、大陸でも南方でも、たくさんの兵隊さんが外地で闘っている。
もしかしたら、たった今、内地でも禍々しい米軍の空襲に曝されているところがあるかもしれない。
そんな非常時にもかかわらず、私は谷崎の耽美な世界に引き込まれている。
不意に、玄関で訪いの声がした。