遠い昔からの物語
「あいにく、従姉はまだ帰っておりません。最近は、国民学校での授業がほとんどなくて、子どもたちを引率して勤労奉仕の建物疎開のお手伝いをしているそうですので、帰宅はいつもより遅くなるようです」
そう話しながら、わたしは目の前のすらりと背の高い青年を、好奇心から思わずじーっと見つめてしまった。
……この人が、廣ちゃんと一緒になるはずだった人か。
写真で見た廣子の夫、つまり彼の兄のような精悍な顔つきではないが、少し神経質そうではあるものの、学生らしい聡明な面持ちをしている。
すると、彼は決まりが悪そうに顔を背けた。
わたしもハッと我に返って、慌てて目を逸らした。
「廣子さんがお留守でしたら、出直します。
……それでは」
彼はそう云いながら帽子を被り、くるっと後ろを向いて帰って行った。