遠い昔からの物語

◇第三話◇


灯火管制で電灯の周りに黒い布を巻きつけているため、灯りを点けても薄暗い中で囲む夕飯の席で、わたしは廣子の亡き夫の弟が入隊の挨拶のために訪ねて来たことを告げた。

「……寬仁(ともひと)さんは工専の学生じゃけぇ理科系なんに、赤紙が来たんじゃねぇ」

伯母は(かす)かなため息と共に呟いた。

東京をはじめとする大都市が、あんなにやられているのだ。戦地はもっと厳しい状態なのだろう。

かろうじて猶予されていた理科系の学生も、これからはどんどん召集されるに違いない。

「なに云うとるんじゃ。兵隊になってお国のためにご奉公するんが、一人前の日本男児というもんじゃろうが」

伯父が顔を(しか)めて(たしな)めた。

「ほいじゃけぇ、兄弟三人ともお国に差し出すお母さんは、どがぁな気持ちじゃろう思うて……」

娘ばかりの母親である伯母は、申し訳なさそうに云った。

廣子の戦死した夫には兄もいて地元の県庁に勤めていたが、妻と子どもたちを残して既に陸軍に召集されていた。今は南方の部隊に配属されているらしい。

廣子はなにも云わず、ただ目を伏せていた。

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