遠い昔からの物語
◇第六話◇
伯母が伯父の介抱を終えて、座敷に戻ってきた。
「そうじゃ、今日はもう一つ、用があったんじゃ」
彼は思い出したように云った。
「小母さん、竹内先生が置いて行きんさった本を、借りたいんじゃがえぇですか」
と、伯母に頼んだ。
「久しぶりに帰ってきても、旧友たちはみな出征してしもうとるけぇ、暇を持て余しとるんです」
伯母は少し表情を曇らせた。
「護さんの本って……大丈夫じゃろうか」
憲兵に睨まれてこの地にいられなくなり満洲へ渡った、上の娘の典江の夫の本ということで、伯母は躊躇していた。
「心配無用ですよ。当り障りのない本を選んで、借りて行くんじゃけぇ」
彼は平然と答えた。
そのとき、寝間の方から伯父の「おうい、水をくれ」という声がしてきたので、
「ほいじゃあ、なんでも好きなんを持ってってつかぁさい。どうせ、うちゃぁだれも読まんのんじゃけぇ」
と、云い残して、伯母はいそいそと台所へ向かった。