遠い昔からの物語
わたしは彼を伯父の本棚へ案内した。
「典江姉さんの旦那さんのことを、ご存知なの」
早速、何冊かの本を抜き出して、パラパラ捲っている彼に、私は訊ねた。
「あぁ、一中で習ったんだ。若くて熱心で、いい先生だったよ。そのときはまさか、親戚になるとは思わなかったけど」
そして、一瞬、遠い目をして、
「戦に征きたくなければ理科系へ進め、って云われてね。一応、その通りにしたけど……結局、征く羽目になったな」
と云って、自嘲気味に笑った。
「お兄さんは海軍兵学校に進まれて、海軍士官になられたのでしょう。あなたは、軍人になろうとは思わなかったの」
わたしはさらに訊ねた。
「長兄も、僕も、軍人なんて真っ平だった。次兄だけが、どういうわけか子どもの頃から憧れててね」
彼は捲っていた本を閉じた。
「物怖じしない性格で押しが強いんだけど、なんだか憎めないところがあって、確かに軍人向きの人だったな。子どもの時分から妙に堂々としてて、将来大物になるって周りから云われてたし、両親は一番期待していたと思うよ」
亡き次兄のことを語る彼の表情は、しみじみとしていた。
「でも、兵学校に入ってからは、ほとんど家に寄りつかなくなってね。おふくろは親父のいないとこで、なんであんな学校へやったんだろうってぼやいていた」