遠い昔からの物語
「……工専を卒業したら、旦那さんに先立たれた廣ちゃんと、結婚するはずだったんでしょう」
わたしは、静かに訊いた。
彼は驚いた目でわたしを見た。
それから、目を本棚の方に戻して、
「……そうだよ」
と、同じように静かに答えた。
「廣子さんを初めて見たとき、彦兄が惚れた気持ちがよくわかった。僕も、同じ気持ちになったからね。だから、彼女から離れるために、東京の学校へ進学した」
彼は目を瞑った。
「彦兄には悪いけど、代わりに今度は自分が彼女を引き受けることになったときは、正直、嬉しかったよ」
彼は目を開けて、うっすらと微笑んだ。
「……でも、廣子さんにはそんな気はなかった。彼女は、一生、彦兄の妻であることを選んだんだ」
寂しげな微笑みだった。