遠い昔からの物語
「きみはもう、谷崎は読まないのかい」
彼がわたしの手元を覗き込んで訊いてきた。
わたしは川端康成の「花のワルツ」を手にしていた。これは、典江姉さんか廣ちゃんの本だろう。
バレリーナが出てくる話みたいで、いかにも「少女の友」に掲載されていそうだ。そういえば、川端はその少女雑誌に関わっていたんだっけ。
「そんな『少女の友』みたいな本、やめときなよ。きみには退屈だよ。川端を読むのなら『浅草紅団』なんかの方がいいんじゃないかな。
……でも、谷崎の『痴人の愛』ほどの衝撃はないだろうけど」
そう云うと、先日の慰問袋から「痴人の愛」が出てきた「衝撃」を思い出したのか、彼は肩を震わせて笑い出した。
わたしがものすごい目で睨むと、彼は「いや、失敬」と云って、笑いを収めようとするが、どうにも止まらない。