遠い昔からの物語

「……きみ、泉邸(せんてい)へはもう行ったかい」

彼が口火を切った。

私は首を振った。どんなところなのかも知らなかった。

「支那の西湖っていうところの風景を真似て、江戸時代にこの地の藩主が造らせた庭園でね。すごく綺麗で、優美な景観なんだ。
僕の子どもの頃は、ごく一部の人しか見られなかったんだけど、何年か前から一般大衆にも開放されてね」

そして、夢見るように云った。

「入隊する前に、もう一度……見ておきたいなぁ」

この地はまだ空襲での被害がほとんどないとは云え、いつまでその景勝が保てるかわからなかった。


「……きみ、行ったことがないのなら、一緒に行かないか」

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