遠い昔からの物語
「……ところで」
煙草を吸い終えた彼は、土間に吸殻を捻り潰しながら、
「日曜日にうちで、僕の壮行会があるんだけどね」
と云って、話題を変えてきた。
日曜日は彼の入隊の前日だ。親戚や近所の人を集めての、酒盛りになることだろう。
「ええ、知っていてよ。伯父さんも伯母さんも、もちろん廣ちゃんも、お祝いに伺うって云ってらしたわ」
ようやく気が落ち着いてきたわたしは、やっと少し、微笑みが出るようになった。
「きみは、来てくれないのかい」
彼は上目遣いで尋ねた。
「わたしは、お留守番ですわ」
当然のように答えた。
「どうして」
彼が、わたしの目をじっと見つめて訊いた。
「どうして、って……」
わたしは、彼のまっすぐな視線から目を逸らした。
「初めて会ってから、まだ数日しか経っていないのに、わたしなんかが、そんな大事な会に、のこのこ出かけていくのは不自然でしょう」
わたしは俯いて、そう答えた。
「そんなことないよ。きみは親戚だし、全然不自然じゃないさ」
彼は笑いながら云った。
「それに、兄貴二人が既に出征してるからね。 うちにとっちゃ、慣れっこさ。堅苦しく考えなくていいんだよ」
三男坊らしい、おおらかな笑顔だった。
きっと、末息子として、家族みんなから可愛がられて育ったに違いない。
時折、少年のような、悪戯っ子で腕白坊主な顔が現われるのも、その所為だろう。
わたしは、そんな彼を好ましく見つめた。