遠い昔からの物語
「……きみは、やっぱり壮行会に来る気ないのかい」
彼は今日も訊いてきた。
あなたの好きな廣ちゃんが行くのだから、わたしがわざわざ行かなくてもいいでしょう。
私は知らん振りをして、手元の本を読み進めた。川端康成の「浅草紅団」だった。
谷崎潤一郎の「痴人の愛」の主人公・ナオミとはまた違う、妖しい魅力を持った弓子という少女を中心に描かれていて、彼が前に勧めてくれただけあって、さすがにおもしろい。
そして、生まれ育った東京の、まだ戦争が始まる前の、浅草の界隈が描かれているのが、なんとも懐かしかった。
「うちの両親に、きみのことを話したらさ、『気にせんで、遠慮のう来たらえぇ』って云ってたんだぜ」
どうして、わたしの話なんか、ご両親にするのかしら。
「非常時なんですから、家を空けるわけには行きませんの。なにかあったときに、隣組にも迷惑がかかるかもしれなくてよ」
本から顔を上げず、わたしはきっぱりと云った。
「おふくろも、きみに『一度会うてみたい』って云ってたんだけどなぁ」
「どうして」
わたしは、本から目を上げて訊ねた。
なぜ、彼のお母さんがわたしに会いたいのだろう。
「それは……」
彼は突然、口ごもった。