遠い昔からの物語
「……安藝ちゃん」
勝手口へ行こうとしたわたしを彼が呼び止めた。名前で呼ばれたのは、初めてだった。
身体がカッと熱くなった。
「僕のために……弾除けのお守りを作ってくれないか」
ただ名前を呼ばれただけなのに、身体の火照りが顔にも伝わりそうだった。
それを見られたくて、思わず俯いた。
「きみが作った、弾除けのお守りが欲しいんだ」
無言のままでいるわたしに、彼がもう一度云った。
お守りなら、慰問袋を縫う要領で作れるだろう。それに、出征兵士に渡すものとして、縁起も良かった。
「……よくってよ」
わたしはようやく、俯いたまま、消え入るような声で応えた。頬が、燃えるように熱かった。
「作ってくれるんだな……ありがとう」
彼の声にはどこか、ホッとしたような気配があった。
伯母と入れ替わるようにして、彼は今日も一冊だけの本を持ち、帰って行った。