遠い昔からの物語
わたしは、身を伸ばして勝手口の戸の閂を抜いた。
と同時に、戸がガラッと開き、彼が転がるように中へ入ってきた。
土間にへたり込んだ彼は、ものすごい形相をし、肩で荒々しい息をしていた。
けたたましく鳴り響く空襲警報のサイレンの中、彼は八丁堀の自宅から、路面電車で三駅ほどあるここまで、命懸けで走ってきたのだった。
「……ごめんなさい……わたしの所為で……」
わたしは、彼の許へ這うようにして寄った。
「……まったくじゃっ」
彼は吐き捨てるように云った。
「じゃけぇ、わしがあれだけ、うちに来い、と云うたじゃろうがっ」
彼が怒りに満ちた表情で、声を荒げて怒鳴った。
わたしは、そう云われるとなにも云えず、ただ目を伏せるしかなかった。
すると、彼はわたしの腕を掴み、自分の胸元へ引き寄せた。
そして、力いっぱい、わたしを抱きしめた。
「……無事で……よかった……」
心の底から搾り出すような声だった。