遠い昔からの物語
わたしには、兄が一人いた。
母はそれまでに二回流産していたため、無事生まれ、しかも待望の男子である兄は、周囲の期待を一身に受けて育った。
生まれ育ったのはわたしと同じ東京だが、中学は父の母校であるこの地の一中に進学したので、親元を離れ寮生活を送っていた。
ところが、ある冬、流行性感冒をこじらせてしまった。
入院したと報せを受けて、母が看病のために東京からこの地にやってきたその日に、兄はあっけなく息を引き取った。
母がこの地に疎開したがらなかったのは、一人息子を死なせた地であるからだと思う。
東京には荼毘に付したあとの遺骨として帰ってきたら、わたしは兄の死に顔を見ていない。
だから、実を云うと、今でもまだ兄がどこかで生きてるのではないか、というぼんやりした思いがわたしにはあった。