遠い昔からの物語
「どうして、兄さんのこと、知ってるの」
わたしはびっくりして、思わず上擦った声になってしまった。
「きみ、僕のこと、佐伯から聞いてないのかい。一中で同級だったんだぜ」
兄は長い休みで家に帰ってきたときも、妹なんかに学校のことを話さなかった。
「一中にいたとか、竹内先生のこととか、寅年生まれだとか、いろいろ云ったけど、無駄だったか」
彼は軽くため息を吐いた。
「僕は一目見て、気づいたのにさ。きみが佐伯の……誠太郎の妹だって」
そういえば、この口調……この物云いは、紛れもなく兄のものだった。
彼がすんなり東京の言葉に溶け込めたのは、中学時代から兄の言葉を始終聞いていたからだと、やっと気づいた。
「初めてきみを見たときは、あんまり似ているもんで辛くなってね。直視できなかったよ」
彼は苦笑いをした。
「兄さん、わたしのこと、あまり良く云ってなかったでしょう。うちにいる頃はしょっちゅう、口喧嘩ばかりしてたから」
わたしは少し口を尖らせて云った。
「そんなことないさ。もっと、妹に優しくしておけばよかったって、あいつ云ってたぜ」
彼はしみじみと云った。
「『うちを離れてからっしきゃ、わかんねぇもんだな』って」
ちょっと悪ぶって遣っていた、東京の下町の言葉だった。
……まるで、兄が目の前にいるかのようだった。