遠い昔からの物語
「なんでもよく知ってるのね。お父さんは海軍の方なの?」
今度はわたしが薫子の背中を洗いながら、方言を使わずに云った。
叔父一家が東京に住んでいて行き来があるので、一応は話せた。
彼女は首を振った。
「わたしは商人の娘よ。父は貿易関係の会社をやっててよ。うちの親類縁者に軍人はいないわ」
「そうだったの」
彼女が自分とそう変わらない環境だと知ってびっくりした。
「稔さんとは幼なじみなの。わたしは一人娘で親から『軍人には嫁にやらん』って猛反対されてたんだけど、稔さんが婿養子になるって云ってくれて、やーっと結納まで漕ぎつけたのよ」
薫子は誇らしげに笑った。
「女学生だった頃は、ほんっとに勉強しなかったのに。今は新聞をずいぶん読むようになったわ」
そして、少し寂しそうに笑った。
「……あなたもじきに、そうなるわ」