遠い昔からの物語

不意に、

中尉が耳元でわたしの名を初めて呼んだ。

「……廣子」

呼び捨てだった。

わたしは今まで、身内以外からそんなふうに呼ばれたことがなかった。

そして、そこには身内にはない、甘い響きがあった。

流れ出る涙が止まり、わたしの心が一気に(とろ)ける。

その刹那、中尉がまるで全身の力が抜け落ちたかのように、わたしの上へ覆いかぶさってきた。

わたしは訳がわからなかったけれど、彼の大きな身体(からだ)をしっかり受け止め、抱きしめた。

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