遠い昔からの物語
廣子に「お蒲団の上に灰落とさんでね」と云われながら煙草を吹かしていたら、今日は一日中部屋に閉じこもっていたことに気づいた。
せっせと繕い物をしている廣子に、行きたいところはないか尋ねた。
すると、廣子は目を輝かせて答えた。
「義彦さんが夕べ、裏の溝に蛍がようけおるって云うとったじゃろ。うち、見に行きたいんじゃ」
おれは快くそれを請け負った。
「……ほいで、もう一つ、聞いてほしいんじゃけど……」
廣子は上目遣いで探るように云った。
「うちらに、子ぉが生まれたら……」
廣子が思い切ったように言葉を繋いだ。
おれは煙草を持っていない方の指で、愛おしい廣子の頬を優しく撫でた。
「……絶対に、子どもの前では歌わんでね」
廣子の有無も云わさぬ目を見て、おれは敵よりも怖ろしく思った。