遠い昔からの物語
それから、廣子が望んだ旅館の裏の溝に蛍を見に行った。
夜闇に包まれた溝沿いに並んで植えられた新緑の桜の木々の下、生い茂った草むらの至るところで仄かな光が瞬いていた。
「……きれぇ……じゃね…ぇ……」
廣子は目を細め、うっとりしてつぶやいた。
蛍は、雄と雌が互いを誘い合うために光を放っていると云う。
ここには一体、どれだけ多くの蛍が相手を探していることだろう。
果たして、こいつらは自分に合う「伴侶」を見つけ出し、誘い出せるのだろうか。
おれは、蛍の光をまっすぐに見つめる廣子の横顔を見た。
そこには、初めて見たときの「あの」目があった。
……わしゃ、こいつを、きしゃっと見つけ出し、誘い出したけぇのう。
心の中で蛍たちに云ってやった。
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*きしゃっと ー ちゃんと