遠い昔からの物語
「……休暇の前には、しゃんとうちに連絡してつかぁさい」
廣子が、蛍を見たまま云った。
「うち、義彦さんがおるとこなら、どこへでも参りますけぇ」
おれは廣子の小さな肩に手を置き、
「心配せんでも、必ず電報打つけぇのう」
と、笑いながら答えた。
「うちを呼ばんと、内緒で芸者遊びなんかせんでね」
廣子は全く表情を変えずにさらりと云った。
おれの顔からすうーっと笑みが消えた。
「なに云うんじゃ。わしゃ、今は海軍の中では堅物じゃと云われとるんに」
おれは慌てて云った。
おそらく神谷の薫子からなにか聞いたのだろう。
確かに、奴とつるんで散々遊んだのは事実だが、それは少尉になったばかりの頃で今となっては昔の話だ。
しかし、廣子はおれの云い分を全く聞いていないようだった。
「……うち、そんとなの、許せんけぇ……」
蛍から目を離さず、そうつぶやいた廣子の声は、ゾクッとするような凄みがあった。
たとえ、敵機と空中で一騎打ちすることになっても、ここまでおれの肝は冷えないだろう。