意地悪な彼ととろ甘オフィス
「……なんで」
「頭痛いとき、いつも炭酸水飲むでしょ? だから」
「そうじゃなくて。……なんでわかった?」
「クセが出てたから」
成瀬さんは頭が痛いとき、首のうしろをもむように触る。昔から。
今日の飲み会中も何度かそうしていたからと説明した私を、成瀬さんはじっと見つめ……それから目を伏せた。
「……へぇ。そんな見てたんだ、俺のこと」
呆れたような笑みを浮かべた口元に、カッとして「別に……っ」と言いかけたところで、成瀬さんが遮る。
「まぁ、こんな炭酸水より、女の子が抱き締めながらよしよしってしてくれた方が断然効くけど」
ゆっくりと合わさった眼差し。
暗い中、キラキラと光る瞳はいつもはない色を含んでいる気がして胸が跳ねる。
すがるような表情が強くなにかを訴えかけてきて、期待にどんどんと心臓の音が大きく速くなる。
……嘘だ。騙されちゃダメだ。だって、そんなわけない。
成瀬さんが私にそうされたがっているなんて、ありえない。
成瀬さんは女の子にそうされたいって言ったけれど私じゃダメなんだから。
――どんなに願ったって、もうとっくに振られてるんだから。
そうも思うのに、じっと見つめてくる瞳がいつもとは違う色合いに光るから、期待が打ち消せなくて「いらないなら、返して」という声が震えてしまった。
目を逸らした私をしばらく見たあと、成瀬さんが背中を向ける。
「厚意だしもらっとく。……じゃあね」
そう言った成瀬さんは、今、来た道を戻っていく。
自分の家に入らないところを見ると、これから行くところがあるのだろうか。
もしかしたら、二次会に戻るのだろうか。
……でも、だったらわざわざ私を送らなくてもよかったのに。
理解不能の行動を、私には関係ないことだと無理やり片付け、玄関ドアを開けた。