意地悪な彼ととろ甘オフィス
謝ることも忘れて呆然としてしまっている私を見て、女性がにこりと笑う。
「あなたが明日香ちゃんね」
女性にしては低い声で名前を言い当てられうなづく。
「はい……でも、なんで……」
「あなたの名前はもう何百回何千回って響哉から聞かされてるもの」
「え……あ、悪口で……?」という声は小さすぎて聞こえなかったのか、女性が言う。
「私は寧々。見てのとおり、見た目は男で心は女よ。……ひいたかしら」
私の気分をうかがうような顔で聞く寧々さんに、慌てて首を振る。
「いえ! でも……とても綺麗なので驚いてはいます。さっき上から見てたときも思ってましたけど、こうして近くで見るとすごく綺麗ですね」
美はつくるもの、なんてたまに耳にするけれど、その言葉はこういうことなのかと納得してしまう。
寧々さんは、男性だとは思えないくらいの女性らしい色気がある。
それは努力から作り出したものだろうし、立ち姿やちょっとした仕草ひとつとっても私よりもよっぽど女性らしく感じた。
どちらかというと、本当に男性なんだろうかってそっちを疑いたくなる。
そう、思った通りに話すと、寧々さんは両手を口にあて「やだ、この子、なんていい子なの……っ!」と感動したような声を出した。
夜遅く、住宅街に響いてしまいそうな声量に驚きながら「あの、それで私はなんで呼ばれたんでしょうか?」と聞く。
「あの、外から声が聞こえたので、つい覗いちゃったんですけど……不愉快な思いをさせちゃったならすみま――」
「ああ、違う違う。いいのよ、覗きなんてどうでも。呼んだのはね、んー……まぁ、単刀直入に言っちゃうと響哉のこと」
「響……あ、いえ。……成瀬さんのこと?」
寧々さんは「そう」と、ため息を落とす。
とても困っているような、憂い顔だった。