意地悪な彼ととろ甘オフィス
「用事?」
「あ、はい」
頬を染めた古館さんが甘ったるい声で答える。
立ち位置としては成瀬さん、座ったままの私、古館さんで、私を挟んで会話するつもりならやめてほしい。
成瀬さんの外向きの笑顔も古館さんの甘えた声色も、今の私にはうっとうしい他なかった。
だいたい、なんで成瀬さんが総務課に……と考えていると成瀬さんが古館さんに言う。
「なんだ。残念。これから食事でもどうかと思ったのに」
「え……っ」
「用事なら仕方ないか」
チラッと見上げると、営業用の愛想を振りまく成瀬さんの顔があった。
わざとらしく諦めた笑みを浮かべる成瀬さんに、古館さんは焦った様子で「あのっ」と声をかける。
「全然、たいした用事じゃないので大丈夫です!」
「でも悪いからいいよ」
「いえ、本当に全然……っ、その、テレビ見たかっただけなので!」
そんな理由で私に仕事頼んだの……?と、怒りよりも呆れが先に立ってしまっている私から、成瀬さんがファイルを奪う。
そして「そう。じゃあ、これ」と微笑みながら古館さんに押し付けるようにして持たせた。
ファイルを押し付けられた古館さんは「あ……はい」と、仕事が返ってきてしまったことには微妙な反応をしつつも「じゃあ、これが終わったら……」と期待に表情を輝かせる。
そんな古館さんに成瀬さんはにこりと極上の笑顔で――。
「あー、ごめん。そういえば俺、今日予定があるんだった」
そう告げた。
「え……」
「また今度誘うよ。仕事、頑張って」
「え……え……っ」
背中を向けた成瀬さんに、古館さんは呆然としていて……そんなところに戻ってきた須永先輩は「あれ。日向まだいたの? さっさと帰るよー」と明るく言ったのだった。