意地悪な彼ととろ甘オフィス
成瀬さんのおかげで、というべきなんだろうか。
とりあえずほぼ定時であがることができ、駅についたタイミングで入ってきた電車にも無事乗ることができた。
古館さんは、さすがに〝テレビが見たいから〟という理由を私に知られてしまった上で仕事を頼む図々しさはなかったらしく、大人しく自分でしていた。
古館さんを残し、さっさと退社するのは少しだけ気が引けたけれど……仕方ない。これが彼女のためになればいいと願うばかりだ。
十八時となれば学生や社会人で車内は混雑しているし、さすがに空席は見つからなかった。
仕方なく、ドア近くのポールに掴まりながら電車に揺られる。
ガタガタと揺れるたび、腹痛と気分の悪さが増すようで思わず、掴んでいるポールにおでこをくっつける。
そんなことをしたからだろうか。
隣に立っていた大学生の男の子が「あの」と話しかけてきた。
「大丈夫ですか? 顔が青いですけど……」
見ると、優しそうな大学生が心配そうに私を見ていた。
「ありがとうございます。大丈夫です」と一応笑顔を作ってはみるものの、気分の悪さはどうにもならない。
はぁ……とツラさに息をついていると、今度はうしろから声をかけられる。
「――なにやってんの?」
声の主が誰かなんて、振り向くまでもない。
決まってこういうとき不機嫌そうな声をかけてくる人物なんて成瀬さん以外にいない。
ポールを握りしめたまま、確信しながら顔半分だけ振り向くと成瀬さんが呆れたような顔をして見ていた。
「さっきから見てたけど、ずっとフラフラしてるし、それでどうやって家まで帰るつもり?」
同じ電車だとは思っていなかった。
古館さんに、用事があったとかなんとか言っていたけど……嘘だったのかな。