意地悪な彼ととろ甘オフィス
「どうにか帰るからご心配なく」
成瀬さんのいつもの意地悪な言葉に付き合っている余裕はない。
だからそれだけ言ってドアに向き直ると、急にクラッとして足元がぐらついてしまう。
隣にいた大学生が咄嗟に支えてくれて、とりあえず安心しながらお礼を言おうと見上げた途端、横から伸びてきた腕に引っ張られた。
ゴツッと、頭が成瀬さんの肩にぶつかりそのまま抱きとめられる。
「この人を気にかけてくれたことはありがとう。でももう、俺に任せてくれて大丈夫だから」
すぐそばから発せられる声に、心がキュッと苦しくなる。
青い青いと言われた顔は赤くなっていないだろうか。
気分が悪い中、そんな不安が頭をよぎっていた。
肩を抱かれたまま電車から降り、駅を出たところで離される。
十八時半の空はもう暗く、街灯がともっていた。
人通りも多いなか、成瀬さんが聞く。
「お姫様抱っこかおんぶ、どっち?」
意味がわからず見上げると、ぶすっとした成瀬さんが言う。
「面倒くさいけど、そのまま歩いて帰してなにかあったら、俺が母親に怒られるから」
本当に面倒くささが含まれる声に、体調不良ながらもムッとしてしまう。
だいたい、さっきだってなんでわざわざ入ってきたのかわからない。そんな顔するなら放っておけばいいのに。
何度目かわからないことを思いながら「タクシーで帰る」と言おうとしたのだけど。
言い終わる前に遮られる。
「こんな短い距離で使われたってタクシーだって迷惑に決まってんだろ」
「じゃあ……歩いて帰――」
「はい。時間切れ。ほら、背中乗って」
人目だってあるのに、目の前にしゃがまれ困ってしまう。
だって成瀬さんはただでさえ注目を浴びるのに、こんな目立つ行動……っと慌てていると「ほら」と急かされる。
正直、気はすすまないけれど……なんでだか成瀬さんは引く気はなさそうだし、このままここにいたら目立ってしまう。
そう思い、仕方なく成瀬さんの背中に手をかけた。