オトナの恋は礼儀知らず
 距離を置いていた桜川さんの手が触れた。
 ゴツゴツした厚みのある手は大きくて友恵の手がすっぽりと包まれた。

 それは大切な壊れ物を扱うようにそっと優しく触れた。

 気づけばもう片方の腕が体に回されて、離れていた距離を埋めるように引き寄せられた。

「思い出しましょう?」

 耳元で囁かれた言葉は甘く痺れる蜜語。
 心の奥底に蓋をして燻っていた何かが顔を出すのには十分だった。

 自分に言い訳して見ないようにしていただけの気持ち。
 たぶん名刺を手渡された時から囚われていた。

 ここの部屋に入る時にはこうなることを期待していたのかもしれない。
 それとも今日再び見つけられた時から。

 きっと私は逃げられなかった。

 友恵の手を握り、手の甲に触れるだけの優しいキスを落とした。

 そのまま顔に近づいてくる。

 避けても良かったのだ。
 ゆっくりと近づいてくる桜川さんを避けることはできた。

 桜川さんとは無理に決まっていると頭の中で鳴り止まない警笛が遠くの方で聞こえる気がする。

 その音はもう耳に入らなくなっていた。
 目を閉じると早まる鼓動を余計に感じて警笛をかき消していく。

 手の甲と同じように優しく触れた唇は感触を確かめるようにもう一度重ねられた。

「綺麗です。友恵さん。」

 微笑んだその目尻に寄った笑いじわが『あぁなんておじさんなの?』と愛おしくなって目尻にキスをした。

 そこからは何を拒んでいたのか、拒んでいたものがなぎ倒されたせいなのか歯止めが効かなくなってしまった。

 探るように確認するようにお互いに触れる手。
 体に重なるぬくもりは確かに感じたもののような気がする。

 しかし思い出すことよりも何よりも桜川さんに溺れていった。

 深く深く……深く……………。


 情熱的で衝動的でそれなのに優しく求められる。
 何も考えられなくて、考えたく無くなって、ただただ桜川さんに溺れていった。




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