オトナの恋は礼儀知らず
「結婚は置いておいて、とりあえず一緒に暮らしませんか?」

 何を言ってるのか。
 それが顔に出ていたみたいだ。

 微笑みが苦笑に変わる。

「そんな顔しないで。
 このままうちに来ませんか。
 一軒家で独り身には無駄に広いだけだ。」

 こういう人だから逃げ出したくなるんじゃない。
 分からないのかしら。

「ご近所さんが噂しますよ。
 嫌ですよ。そんなの。
 付き合うのはいいです。でも結婚は……。」

 寂しそうな顔をしているかと胸が痛んで、可愛く「はい」の二文字が言えない自分が嫌になりそうだった。

「分かりました。
 一緒にいてくれるだけでいいです。
 ただ最初に言った通りにしましょう。」

 声色は思ったほど悲観していない。
 そしてまた意思の疎通が怪しくなりそうな雲行き。

「最初に?」

「してたら結婚しましょう。」

「妊娠を?」

「そうです。」

 にこやかに笑う桜川さんには似合わない内容。
 要は孕ませたら結婚してということで。

 笑えて来た。
 どういう頭の構造をしているのか覗いてみたい。

「じゃ出来るようなことをするんですか。」

「そうですよ。覚悟してくださいね。
 おじさんの執念は凄まじいですから。」

「執念……ね。
 確かにまさかまた会うとは思っていませんでした。
 前回の時……そういえば最初の日の夜も。」

「執念ですよ。」

 頭を上げられておでこにキスをする桜川さんに抱きつくと胸元に顔をうずめた。


『運命』と言われなかったことにどこか安堵していた。

 そんな不確定なことを言われても信用できない。

 桜川さんの執念で努力で会えたのだ。
 そこに自分への愛を感じるからかもしれない。

 愛……ではなくて恋らしいけれど。



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