オトナの恋は礼儀知らず
 無理はしないでください。と、心配そうに言われたけれど体調は何も変わりない。
 そのため普通に出勤した。

 昨日は、次の月曜に一緒に病院に行こうと約束して桜川さんは帰っていった。

 妊娠が分かってすぐは2人とも動転していて何を話したかも定かじゃない。

 お互いに喜んだようなよく覚えていない時間を過ごしてから「生まれるまでしない方がいいんでしょうか」と切なそうに言う桜川さんに笑ってしまった。

 帰り際なんてまだ実感がないのに、1人の体ではないのですからと大袈裟な桜川さんにまた笑った。


 時間が経つと現実味を帯びて来て、そういえば結婚もするのかなぁと思いを馳せる。


 ずっと1人で生きていくのだと思っていた。
 それで良かった。そう思っていた。

 でも今は結婚しようと言ってくれる人がいて、その人の子どもを妊娠して……。
 あぁ。1人どころか3人で生きていくことになるんだ。

 仄暗い枯れた寒々しい木々のトンネルはただ夜が明けていなかっただけだったのだ。
 それとも春が訪れる前の厳しい寒さの冬。

 今も抜け道のないトンネルには変わりないとしても、小鳥がさえずり穏やかな風もそよいでいる。
 トンネルの先は墓場かもしれないけど、周りには花が咲き乱れているだろう。

 桜川さんと一緒に歩いていくのだから。

 1人で生きていくとしても後悔はしていなかった。
 それでも………桜川さんに出会った。



 桜川さんはこれほどまでに心配性だったのかと驚くほどに心配して、重い物は持つな走らないでくれなどと口うるさい。
 平日でも毎日顔を見せに来て、何かと世話を焼いて帰る。

 それらを煩わしく思うどころか微笑ましく思うのは妊娠しているせいなのかもしれない。


 明日が月曜になり、たまたまその週は友恵も月曜が休みで良かったと2人で笑った。

「覚えていますか?
 しましょうね。結婚。」

「そうね。楽しいでしょうね。」

 子どもと桜川さんを取り合ったりして。
 娘だったら妬けちゃうわね。






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