恋愛ノスタルジー
「……え?」

今度は私の声が掠れた。

腕を回して私を引き寄せた圭吾さんの厚い胸に、トンと額が当たる。

「圭吾さ、」

ああ、どうして。

圭吾さんは、瞬間的に顔を背けた私の行動を先読みしたかのようだった。

後頭部の髪を指ですくようにして、彼は私を優しく掴む。

「……圭……」

まただ。

また……キスだ。

柔らかくて温かい感覚。

まだ忘れていない圭吾さんの唇。

身を屈め、まるで逃がさないとでもいうかのように、圭吾さんは私の唇を捉えた。

「や、め……」

「……やめない」

僅かに出来た唇の隙間から圭吾さんは殆ど息だけで囁く。

それから体重をかけて私を後ろへ倒すと、ダイニングテーブルに押しつけた。

「彩、彩」 

「っ……!」

切れ長の圭吾さんの眼が、私を真っ直ぐに見下ろしている。

嫌だ、嫌だ、ダメだ、こんなのは。

罪悪感で死にそうになる。

「彩、俺のそばにいろ」

いつも私には『僕』と言う圭吾さんが、我を忘れたように『俺』と呟いた。

力強い腕と彼の熱い身体に目眩がしそうになる。

「彩」

「バカッ!」

パン!と乾いた音が空気を震わせた。

途端に圭吾さんの横顔が眼に飛び込み、同時に私の右手がジンと痺れた。

私……ぶってしまったんだ、圭吾さんを。

圭吾さんの瞳が暗く瞬いて、その光が屈折した。

「圭吾さん、わ、私っ……」

「悪い。花怜の代わりにしてしまった」

代わり……代わり。

胸に鉛を流し込まれたかのような重苦しさに、息が出来なかった。

「忘れてくれ、全部」

全部……?それって……それって……。

独りになったキッチンで一気に全身から力が抜けた。

ペタンと座り込んだ床の上は何だか酷く冷たくて、私は暫く動けずにいた。
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