恋愛ノスタルジー
「……いいから。たった今、ブラジル共同農地開発の件は新しい項目追加の仮契約が成立した。夜中になれば現地の中本が本契約にこぎ着けるだろう」

「分かりました。……ではお言葉に甘えてお休みをいただきます」

シルバーのお洒落な眼鏡をそっと指で上げ、黒須さんは一瞬だけ私を見て微笑むと、

「では社長、彩様。私はこれで失礼いたします」

深々と頭を下げて病室を出ていき、後には私と圭吾さんだけが残った。

「……」

「……」

き……気まずすぎる……。

けれど圭吾さんはまるで先程の黒須さんの発言を気にしていないようで、

「彩、お前も画家のところに行っていいぞ」

あ……そうだ。圭吾さんは……私が凌央さんを好きなままだと思っているんだ。

そりゃそうよね。私だって自分自身……昨日の夜までは凌央さんを好きだと思っていたもの。

「……彩?」

なにも言わない私を、圭吾さんは頬を傾けて不思議そうに見た。

「……もういいんです。凌央さんには立花さんがついてますし、アシスタントの期間はまだ残っていますけど今回は彼女に任せます。あ、荷物は後で取りに行きます」

「クリスマスだぞ?好きな男と過ごしたいだろう」

いつもワックスで整えられた圭吾さんの髪はフワフワと額に乱れていて、なんだか表情まであどけない。
< 117 / 171 >

この作品をシェア

pagetop