恋愛ノスタルジー
「はい」

彩のこの言葉も嬉しかった。

昔に会っているからか俺は一方的に親近感を覚えていた。

早く知りたい。早く俺に打ち解けて欲しい。

敬語じゃなく、何処にでもいる恋人同士のように話し合える仲になりたい。

俺はもう三十歳だし、彩は二十五歳で二人とも立派な大人だ。

峯岸社長……彩の父親には『娘のことは全て圭吾君に任せる』というお言葉を頂いていた。

だから俺は意を決して彼女を誘った。

『先に一緒に住みませんか』と。

けれどその頃から、社長に就任したばかりの俺は想像を絶する忙しさに襲われた。

貿易というのは世界中の国を相手に仕事をする事であり、国よっては常識や仕事に対する心構えが違う場合がある。

農地開発の段階から生産に関与する貿易の場合、問題が生じやすくいくらわが社に優秀な人材が揃っていても社長である俺が出ていかなければならない場面も数多くあった。

激務に追われているうちに事業を進める国との時差の問題もあり、俺と彩の生活は徐々にすれ違い始めた。

もう少し。あと少し。

ここを切り抜ければ、今問題を抱えている案件も落ち着いて担当者に任せられる。

それまでの辛抱だ。

けれど上手い言葉のひとつもかけてやれなかった俺に、彩は次第に萎縮するようになっていった。

元々言葉数の少ない俺は、彩にとって何を考えているか分からない人間だったのかもしれない。

わざと彩に冷たく接しているのは自分なのに、焦りと苛立ちが募り始める。

そんな俺に、それでも彩は真心を込めて接してくれていた。

それに彩は……素直で純粋なだけではなかった。

輸入雑貨担当の中西に聞いた話によると、彩の所属する建築ウェブデザイン課に雑貨を貸し出したのをきっかけに問い合わせが殺到したのだ。

どうやら彩は協力会社としてモデルハウスのサイトに、わが社のリンクバナーを貼ったらしかった。

結果、取引店が三倍に増え、彼女のさりげない心遣いが大きな利益を生み出す結果となった。

仕事もプライベートもキチンとしている彩に、更に俺の気持ちは傾いていく。
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