恋愛ノスタルジー
そんな健気な彩と暮らしながら俺は何度となく彼女の言葉を思い出した。

『私、パパみたいにずっと忙しい人とは結婚しないわ。だって寂しいもの』

『あそこいる大人みたいになると、将来あなたのお嫁さんになる人が可哀想よ』

僅か五歳だった彩のこの言葉。

彼女が嫌だと言っていた男を地で行く自分に愕然とした反面、それでも彼女を離したくないという気持ちは変わらなかった。

彩を突き放すという苦肉の策に出た事は、いたしかないと思っていた。

けれどどうしても結婚はしたい、彩と。

でもこのまま寂しい思いをさせるのは辛い。

今考えると自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れるが、何もしてやれない今の俺に縛り付けたくはなかった。

俺が構ってやれない間は彼女を解き放ってやりたかったのだ。

だから彼女には恋人がいると思わせるような演技をし、物分かりのいい男を演じ続けた。

恋人の名は花怜。かつて彼女が大切にしていた人形の名だ。

俺には恋人がいる。だから君も作ればいい。

だが俺は、自分が仕向けたにも関わらず血の気が引く思いだった。

彩は純粋すぎた。

あっさりと俺の策にはまり、好きな男を作ってしまったのだ。

俺としては結婚式までには仕事を片付け、巧く彩の気持ちを自分に向ける気でいた。

元々誰にも渡す気なんかないし、誰が相手でも奪う気でいた。

ところが、まっしぐらに他の男へと想いを募らせる彩を見ているうちに、俺は激烈な嫉妬に焼き尽くされる思いだった。
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