恋愛ノスタルジー
*****

「夕方には帰ります」

「分かった」

「じゃあ……行ってきます。圭吾さんも気を付けてね」

「ああ」

今日は二つの記念すべき日だ。

ひとつは凌央さんの個人展覧会の初日。

もうひとつはアシスタントとしての最終日。

「彩……待て。まだだ」

「圭吾さん……遅れてしまいますよ」

最後の仕事を全うするためアキさんの画廊……秋吉アートギャラリーへと向かわなければならないのに、玄関へと続く廊下で圭吾さんと私はいつまでも抱き合っていた。

夜にはまたすぐに会えるのに、名残惜しくてなかなか身体を離すことが出来ない。

「閉館時間に迎えにいく」

「はい」

逞しい胸からようやく身を起こして圭吾さんを見上げたのに、彼は端正な顔を傾け何度も私に唇を寄せる。

ああ。ダメ。

優しいキスと、髪を撫でる仕草が心地よくてまるでここからぬけだせない。

「……ダメだ……!」

そんな中、圭吾さんが参ったと言うようにかぶりを振って溜め息をついた。

「圭吾さん……?」

「俺は多分狂ってる」

「え?」

「彩に……狂ってる。本当は行かせたくないんだ。だけど仕事を途中で投げ出すのはモラルに反する。けど他の男……ましてや一度でも心を奪われた相手の元へ行かせるなんてイライラを通り越してムカムカする」
< 160 / 171 >

この作品をシェア

pagetop