恋愛ノスタルジー
それからあの画……雨と霧に足をとられて倒れた女性の画を見た時の衝撃も。

あの時の私は、画の中の彼女の気持ちを皆目理解できなかった。

でも……今ならあの画の女性の気持ちが何となく分かる気がする。

彼女はあの心許ない街灯の中で、自分の進むべき道がはっきりと見えたのではないだろうか。

だから雨や霧に行く手を阻まれても心は希望に満ち、晴々と笑っていたんじゃないだろうか。

「結婚かー。お前がなあー……なんかオッチョコチョイな嫁になりそうだな」

「オッチョコチョイってなんですかっ。私、こう見えても覚えが早いんです!」

「はははは!言ってろ!」

白い歯を見せて天井を仰いだ凌央さんがカッコよくて、つい見惚れそうになりながらも私は口を開いた。

「凌央さんも結婚したらどうですか?」

突然の攻撃に凌央さんが眼を見開く。

「俺が?!すぐに離婚されちまうだろ」

少し癖のある黒髪を揺らして笑う凌央さんは、自分がカッコいい事に気付いていないようだ。

「確かに奥さんにずっと怒られてそうですけどね」

「おい!やっぱりお前は無礼なヤツだな!」

「あはははは!」

ひとしきりふたりで笑うと、凌央さんが少し改まったように咳払いをした。

「彩。結婚の祝いに、画をひとつもらってくれないか」

「え」

……でも……。

個展のお手伝いをして初めて知ったんだけど、凌央さんは画の売上金を恵まれない子供たちに寄付している。
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