恋愛ノスタルジー
「すみません」

ドキドキする胸の前で受け取った替刃ケースを握りしめていると、凌央さんはククッと笑った。

「そう言えばお前、最初にデッサン鉛筆の削りを頼んだとき、書斎の電動鉛筆削り使ったんだよな」

「あの時は……ごめんなさい……」

実はカッターで削って、芯を長く出すのがデッサン鉛筆の削り方だということを私は知らなかった。

あのときも凌央さんは随分ビックリしてたっけ。

「まあ、笑わせてもらったからいいけどな」

「はは……」

恥ずかしい過去だ。過去といっても少し前だけど。

「それより、今日の晩飯なに?」

あ、そうだ、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ。

いつもは予め献立を決めて、凌央さんの家に向かう途中に食材を買う。

けれど今は冷蔵庫に肉、魚、野菜もあるからあえて献立は決めてこなかった。

「何がいいですか?」

振り返って見上げた私に凌央さんは、

「んー、そうだな、カレー食いたい」

「社長、お忘れ物です」

開けっ放しのドアから、急に澄んだ声がした。

ビクッとする私とは対照的に、凌央さんは声の主を驚く様子もなく見つめた。

「あー、うっかりしてた!悪かったな、優」

アトリエの入り口で、黒っぽいスーツに身を包んだ細身の女性がサラリと黒髪を揺らす。

「いえ、帰り道ですので」

彼女は少し頭を下げると視線を凌央さんから私に移した。
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