恋愛ノスタルジー
「こんばんは」

驚いていた心が徐々に落ち着きを取り戻す。

真っ先に思ったのは彼女がスタイルのいい美人だということと、凌央さんの家に自由に出入り出来る権利がある立場なんだということ。

それから……彼女の眼差しの温度から、私に友好的感情がまるでないということ。

「優。この娘は前に話した俺のアシスタント」

凌央さんが彼女にそう言ったから、私は慌てて頭を下げた。

「峯岸彩と申します」

「……立花優です」

言い終えるなり彼女は私から凌央さんに向き直った。

「社長。イラストペンと用紙のセット販売の件ですが、もう少し時間をいただきたいのですが」

「……なんで?」

凌央さんが少し厳しい顔をしてジーンズに両手を突っ込んだ。

「時間経過とともに50色の発色に問題が生じないかもう一度確認したいんです」

「そんな段階はとうに過ぎてる。クリアしたから販売日が決まったんだろうが。お前今頃何言ってるんだ」

「ペンに使用した水性顔料インクは完璧です。ただ、セットで販売するというのは当社に新たな責任が生じます。用紙との相性という部分で。JG製紙とはこのたび初めての取引ですし」

凌央さんがあり得ないといった風に大きく息をついた。

「……契約書を交わしたんだぞ。今更JG製紙以外はありえない」

「だからJG製紙の用紙の中でもよりわが社の作り出した顔料インクが美しく映えるものを選びたいんです。そのくらいの時間、さいて下さってもいいのではありませんか?」
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