恋愛ノスタルジー
凌央さんは窓際でコーヒーを飲み、私はといえば壁際に立て掛けて乾かしている水張りパネルをボンヤリと見ていた。

ああ。やっぱり何もなかったように接することが出来ない。

「彩」

「……はい」

少し眼をあげると、作業台から離した椅子に腰かけたまま、凌央さんが私を見ていた。

「個展に出す三十作品の構図はもう全部出来てる。後は下描きをおこして実際に描いていくんだが、実はお前に頼みがあるんだ」

「何ですか?」

妙に声が掠れる。

「個展までの約二ヶ月はハードなんだ。泊まり込んで手伝ってもらわなきゃならない日が出てくる」

ドキンと鼓動が跳ねた。

思わず凌央さんの顔を凝視すると、彼は少し唇を噛んだ。

「無理か?」

ああ、と思った。

やっぱり変なのは私で凌央さんじゃなかった。

私に立花優さんとのキスシーンを見られても、凌央さんはなにも言おうとしない。

弁解するどころか立花さんとの関係を教えてくれようともしない。

そう思った時、誰かに握り潰されたように胸が痛んだ。

……きっと、ただのアシスタントの私にプライベートな話なんてする必要がないと思っているのだ。

「彩?」

「……やります。精一杯お手伝いします」

そうだ。私はひっそりと恋をすると決めたのだ。

だから凌央さんになにかを求めるのは間違ってる。

「良かった。悪いけどよろしくな」

「はい!」

私は窓際で微笑む凌央さんを見て、元気よく返事を返した。
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