恋愛ノスタルジー
「……どうしたんですか?」

私はそう尋ねると、ゆっくりアトリエの中央に置かれているイーゼルへと近寄った。

凌央さんはそんな私に真剣な声で続ける。

「気遣いとかお世辞とか禁止だからな。正直に感じた事を言ってほしい」

「……分かりました……」

なんだか恐い。

だって私、画に関して何の知識もないんだもの。

なのにそんな私が凌央さんみたいな凄い人に感想なんて……。

「よく見てくれ」

「……はい」

もう一度頷き、私は画の正面に回った。

下からライトアップされたイーゼルの上のカンヴァスは、A0サイズの画だった。

「……」

カンヴァスの縁ギリギリには膜のようなものが描かれている。

その中には筆で飛ばしたりエアブラシで吹き付けたり、かと思えば手のひらで塗り付けたような赤があった。

ピンクに近いミルキーな赤、緑が混ざり込んだようなくすんだ赤。黒の沢山入った重苦しい赤。それに思わず眼を細めてしまいそうな眩しい赤。

赤が溢れている。

そう。

このカンヴァスの中には、数えきれないほどの『赤』が詰まっていた。

どうしてこんな風に赤色ばかりを使ったんだろう。

これは……これって……どういう事なんだろう。

いや……待って、もしかしてこれは。

見れば見るほどその画に圧倒され、私は息をするのも忘れた。
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