あなたに飼われたい
真夜は訊きたいことを次々と質問し始めた。

「私は、何故か記憶喪失で……あなたが誰かもわからないんです。あなたは私と、知り合いだったんですか?」

男は手を組み、床を見ながら答える。

「ああ、俺は吉川一樹。28歳だ。君とは___仕事上で知り合いだった」

「そうなんですか……よしかわ、かずきさん……すみません、やっぱり思い出せません。ごめんなさい」

「謝ることはない。だんだん思い出せるかもしれない」

「ここは一体どこっていうか……なんの建物ですか?家みたいなものって言ってましたけど、あなたはここに普段から住んでいるんですか?」

「いや、家は他にもある。ここは普段はあまり寄らない。あるマンションの一室だ。まあ、物置みたいなものだ」

「この猫ちゃんたちは?」

「それは……君の飼っていた猫だ」

「えっ!?」

飼い猫だったのに、思い出せなかったのか……。

「そんな……飼ってたのにわからないなんて」

「君は、何を覚えている? 何なら思い出せるんだ?」

男の灰色がかった瞳と目が合い、真夜はどきりとした。外国の血が入っているのだろうか、灰色の瞳に少し彫りの深い顔立ちはセクシーさを感じさせる。

「名前は、秋山真夜。生年月日は1992年7月22日。……あとは、家族のことも、職業も、住んでいた場所も、何も思い出せません。あ、でも、猫が好きだったことは思い出せたってことなのかな……?あと、プルーン」

それを聞いて、男はふっと頬を緩めた。真夜はこの男が笑うのを初めて見た。第一印象とはガラッと変わった優しげな顔に、真夜はまた、どきっとした。

「そうだな。好物からでも思い出していけばいい。体調は良くなったか?」

「はい。起きたばかりのときはすごくだるかったんですけど、今はよくなりま……」

真夜の視界が突然ぐにゃりと歪んだ。
よろめき、思わず床に手をついてしまう。

男は真夜に駆け寄り、体を支えた。

「おい!大丈夫か!?」
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