エリート医師のイジワルな溺甘療法
声が濡れて言葉も乱れているけれど、なんとか言い切った。
あとは、この腕の中から逃れるだけだ。
「泣かないでくれ、穂乃花。頼むから、落ち着いて。俺の言い訳を聞いてくれ」
「今更言い訳は聞きたくないですっ。どうか、彼女と、しあわせになって」
逃れようとすればするほど、彼の腕が力強く私を抱きしめる。
「くそ、俺はほんとにバカだな。なんて言えばいいんだ。それに、彼女ってだれだ。俺に分かるように教えてくれ」
「……え?」
今、なんて言ったの?
思わず逃げるのを止めると、彼がホッとしたように肩の力を抜いたのが、分かった。
同時に腕の力も緩まるけれど、身じろぎをするとぐっと抱き寄せられる。
彼の胸に濡れた頬が当たってしまい、避けようと動くと逆に押し付けられた。もうどうにも動けない。
「まず言っておくが。俺の女は、今もこの先も、穂乃花だけだぞ」
「え、だって、縁談……院長の、孫娘さんは?」
「ん? それは、誰に聞いた?」
「製薬会社の子です。縁談があって早急に新居を整えてるって。だから私、そのためにここを買ったのかなって、思って」
違うの?
どうにかこうにか胸から顔をはがして見上げると、彼は厳しい顔つきをふっと緩めた。
「それは半分、合っている」
「半分だけ?」
「そう、半分。穂乃花、俺の言い訳を聞いてくれるか?」
「……はい」